用廃機ハンターが行く!

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【岐阜県】空自 岐阜基地の展示機

<編集履歴> 27Mar.2021公開、08Nov.2021見直し更新(第5回目、零式三座水偵は福岡に移設されたか?記事追加)

<場所 Place> 〒504-8701 岐阜県各務原市那加官有地無番地 航空自衛隊岐阜基地

岐阜基地 | [JASDF] 航空自衛隊

<座標 Location>  35.3928N, 136.8502E 

<訪問日Visit>  12Oct.2009ほか 

<行き方 Access> 名鉄各務原線各務原市役所前駅で下車、南に約1.2kmを歩くと基地南側の展示機エリアに近いゲートだ。なお航空祭の時には三柿野駅近くのゲートが航空祭の機体展示場に近い。

<解説General>

(1) 岐阜基地には第2補給処があり(規模としてはコチラが基地のメイン)、航空機の運用に必要な物品等の保管・管理等を行っている。また飛行開発実験団があり各種の航空機の開発および搭載機器や搭載兵器等の開発・評価・各種試験を行っている。

(2) 展示機は基地の南西端に7機が機首を北北東に向けて置かれているほか、近くには千葉県館山沖から揚収された愛知零式三座水上偵察機の胴体と右翼部分が展示されている。これらは基地公開時に見ることができる(注:2021年夏ごろから福岡県内に移設したとのTweetが2件ほどある。現状不明)。

(3) 岐阜基地のF-4EJ/EJ改は2021年3月1日に全機が引退した。最後に残った機体は301、336、431(改)の3機であったが、2021年3月末時点では先に引退したEJが2機程度 (318と 393)も解体されずに残されているものと思われる。初号機301号機は結局最後まで引き取り手が見つからなかったようで、2021年3月19日付でイカロス出版Jウイング編集部名で「引き取り先はありませんか?」とのコメントをTwitterに発信している。岐阜基地の格納庫には現在”ゆとり”があるハズなので、当面は基地で保管し、この先数年程度は基地祭でコクピット公開用機として展示されることもあるだろう。 基地展示エリアには先に岐阜基地開設60周年記念塗装の87-8409号機を展示しているが、その塗装の維持は極めて困難と思われるため、数年後に退色したころ、301号機と入れ替えるというのが現実的な「初号機の残し方」ではないだろうか。F-4EJ改07-8431は隣接する岐阜かかみがはら航空宇宙博物館に展示されるものと思われる。 

(4) 以下に記す展示機のほか、基地内にはT-2(29-5102号機)の垂直尾翼を用いたモニュメントが設置されるはずだ。

【展示機 Displayed Aircrafts】 

1. C-46D (91-1141)

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写真1 C-46D。(2009年10月12日撮影)

 

2. F-4EJ (87-8409) 緑色系のピクセル迷彩特別塗装機

 公式TWITTERによると航空機展示場に2020年1月18日および22日にかけて設置された(設置完了は22日)。引退間際に施された特別塗装(緑色系ピクセル迷彩)を残しており、退色する前に早めに記録に残しておきたい機体だ。

3. F-86F (92-7897) 機体番号を”62-7427”と書き換えて展示している。

4. F-104J (36-8540) 1980年ごろには伊豆バイオパークに展示され、その後の一時期は神戸で展示されていた機体。

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写真2 各地で展示されたのちに岐阜基地に落ち着いたF-104J。(2009年10月12日撮影)

 

5. T-2 (59-5107) T-2特別仕様機(F-1のプロトタイプ)の2号機。2017年2月末に展示された。記述上の分類定義は次のようになるかと思うが、通常「FS-T2改」と「T-2特別仕様機」は混同して用いられている。

・機体種別をいう場合にはあくまで「T-2」。

・T-2高等練習機を支援戦闘機に発展改造する事業(プロジェクト)上での名称は「FS-T2改」。

・「FS-T2改の開発事業」を行う過程で製造された機体そのものを指す場合は「T-2特別仕様機」。

 

6. T-33A (51-5663)

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写真3 T-33A。(2009年10月12日撮影)

 

7. T-34A (61-0406) 

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写真4 T-34A。1969-1975年ごろの塗装にしたものだが数字がやや太い。(2009年10月12日撮影)

 

8. 愛知零式三座水上偵察機 1971年10月9日に千葉県館山沖から揚収された。Twitter上には2021年夏ごろに既に無いとの発言があり、12月中旬には福岡に移送されており、現存しないとの発言もあった。外周からは確認できない機体のため、現状は不明だ。 

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写真5 愛知零式三座水上偵察機の残骸。福岡に移設されたとの話もあるが詳細は不明だ。(2009年10月12日撮影)

 

【過去にあった機体】

岐阜基地の展示機は入れ替わりが激しい。全機はトレースできないが、私が撮影した機体や興味のある機体など一部を紹介しておこう。

1. T-2 (29-5102)

T-2試作2号機(29-5102)は2005年12月ごろに滑走路の北側35.3982N、36.8628Eに展示された。展示に際しては「開発に際しては無垢な心掛けで」という意味を込め、全ての塗装を落とした銀地として尾翼のマークのみを記入していたが、2021年3月中旬に解体撤去された。解体に関する公告は2020年末に基地HPの調達情報に掲載されていたが、これによると入札は2021年1月7日、履行期限は2021年3月31日となっていた。2021年3月17日には第二補給処前の廃材置場に切り刻まれた銀色の機体(ベントラルフィン付)が見える写真がTwitterに投稿され、作業が終了したことが確認されている。なお仕様書に記載されていた通り、公告掲載時にはすでに垂直尾翼は切断済であった(2020年12月下旬ごろにはTwitter垂直尾翼のない本機の写真が投稿されている)。このため垂直尾翼だけはモニュメントとして基地内に残されているものと思われる。 

 本機はあいち航空ミュージアムに展示すれば「三菱航空博物館」になったのにと思いますが、おそらくは公告を出す前には電話の一本でも入れて打診を行った結果なのだと思いたい。

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写真6 基地内滑走路北側にあったT-2試作2号機(29-5102)のモニュメント。(2016年10月30日撮影)

 

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写真7 本機は2021年3月中旬には解体・撤去された。垂直尾翼のみは基地内に残されているものと思われる。(2019年11月10日撮影)

 

2. KV-107II-5 (74-4801)

 航空自衛隊が導入したKV-107IIの初号機だったが、2011年11月頃に腐食を理由に解体撤去された。ヒコーキ雲さんには「塩害による腐食」と記載されているが、展示機となってから数年経過してから「現役時の塩害が元で」とホントに言えるのだろうか。単に屋外展示で管理が悪かったことで風雨による腐食が生じた(進んだ)というのが主たる原因だろうと考えている。初期の機体はホイストウインチが機体内部についており、ドアの上に見える小さな穴からケーブルを出していたとのこと。

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写真8 かつて展示されていたKV-107II-5。(2009年10月12日撮影)

 

【その他】

 基地内第二補給処の一角(35.3917N, 136.8548E)には用廃となった3機のE-2Cがシートに包まれて保管されている。54-3455, 54-3456, 54-3457の3機だ。本件については別稿を参照願います。

シートに包まれた岐阜のE-2C - 用廃機ハンターが行く!

 

【余談】

(1) 岐阜基地航空祭には何度も訪問しているが、用廃展示機をマトモに撮影したのは2009年10月12日が最後だ。T-2特別仕様機(FS-T2改、F-1のプロトタイプの2号機)やF-4EJが展示され、そろそろ真面目に撮影しようかと思っていたのだが、コロナの影響で基地祭や見学は中止となってしまった。コロナ騒動が落ち着いたら、”用廃展示機を撮影するために”再訪したいと考えている。

 

(2) 1996年3月23日に基地見学させてもらった時のこと。ファイアーピットには機首に182と描いたF-86Dが置かれていた。その後の岐阜基地祭で現地を確認すると黒焦げになった機体の残骸が置いてあったので、消火訓練に使われたのだろう。さてこの機体はどこにあったものなのか?とヒコーキ雲さんへの投稿を調べててみると、どうやら大阪府大阪狭山市にあった「さやま遊園地(2000年4月1日閉園)」に1973年頃から1992年ごろにかけて展示されていた機体のようだ。さらにこの機体は04-8182号機ではなく、04-8209号機の"209"を消して、"182”と記載した機体のようだ。

F-86Fの機体返還時にも見られた機体番号の書き換えだが、本機も返還機の書類と現物を合わせるための書き換えが行われていたのではないかと考える。F-86Dの運用終了は1968年。当時返還に関する書類作業を行っていた方が35歳程度だったとしても2021年時点では88歳だ。このことを明らかにする手段は事実上残されていない。

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写真9 ファイアーピットに置かれたF-86D。この後しばらくして消火訓練に使用されたて焼失した。機首に”182”と記入されているが実際は04-8209号機だったと思われる。(1996年3月23日撮影)

 

以上