<編集履歴> 27Mar.2021公開、13Oct.2025見直し更新(第19回目、見直し実施)
<場所 Place> 〒504-8701 岐阜県各務原市那加官有地無番地 航空自衛隊岐阜基地
<座標 Location> 35.3928N / 136.8502E
<訪問日Visit> 12Oct.2009, 13Nov.2022, 12Nov.2023, 17Nov.2024ほか
<行き方 Access> 名鉄各務原線各務原市役所前駅で下車、南に約1.2kmを歩くと基地南側の展示機エリアに近いゲートだ。なお航空祭の時には三柿野駅近くのゲートが航空祭の機体展示会場に近い。
<解説General>
(1) 航空自衛隊で使用する航空機および各種の搭載機器や搭載武器等の開発・評価などの各種試験を行う飛行開発実験団、航空機の運用に必要な物品等の保管・管理等を行う第2補給処、ペトリオット地対空ミサイルによる防空を担う中部高射群(第2指揮所運用隊、第2整備補給隊、第13高射隊、第15高射隊)などが置かれている航空基地。基地南西端に置かれた7機の常設広報用展示機群(およびナイキJミサイル)、広報館内に置かれた”体験搭乗”用のF-86FとF-4EJのコクピット部分が見どころだ。飛行開発実験団では用廃となったF-4EJ初号機を保有しており、基地公開イベントの際に公開されている。また、一般非公開だが、第2補給処の倉庫内にF-104JとH-21Bが保管されている。
(2) 上述の機体のほか、基地内にはT-2(29-5102号機)の垂直尾翼が2023年11月の航空祭時には残されていた。モニュメントにするという話であったが・・・。
(3) 隣接する川崎重工の敷地内にはT-33AとT-4ブルーインパルス機が展示されている。独立した「川崎重工の展示機」のような記事は設けないつもりなので、本記事の最下段に余談として記載しておく。また、以下の記事を参照して欲しい。
【常設広報用展示機群 Displayed Aircrafts】
基地南西端のエリアに7機の展示機が機首を北北東を向けて置かれている。近くには1基のナイキJ地対空ミサイルもある。
1. C-46D (91-1141, C-46A-40CU, 42-107366)
台湾から(書類上は米国経由で)追加購入した12機のC-46Aのうちの1機。1959年12月22日付で領収され、新明和(恐らく伊丹工場)にてC-46D型仕様に改造された。1976年6月8日付で用廃となった。1976年6月8日に用廃となったとされる機体。
岐阜基地の広報展示機群の中ではT-33Aに次ぐ古顔だ。2022年9月中旬~10月末ごろにかけて再塗装を実施した。

写真1 C-46D。航空祭時に画面に人を入れずに撮影するためには、開門直後に機体に突進するしかない。(2009年10月12日撮影)
2. F-4EJ (87-8409)
公式TWITTER(現X)によると、航空機展示場に2020年1月18日および22日にかけて設置された(設置完了は22日)。この時には引退間際の2017年秋に施された「陸軍各務原飛行場開設100周年・空自岐阜基地開設60年記念塗装(緑色系ピクセル迷彩)」を残していたが、2024年3月初旬に上面ガルグレイ/下面ホワイトの通常機塗装に戻された。主翼下面のエアブレーキが開いており、その構造を確認することができる唯一の機体でもある。写真で分かる通り、エンジンは付いていない。主翼端や垂直尾翼上部後端に後方警戒装置の無い、オリジナルのファントムだ。


写真2-1, 2-2 設置後、約3年間は現役最後の頃に施された緑色系ピクセル迷彩塗装のままであったが、2024年3月には通常塗装に戻された。(2-1: 2022年11月13日、2-2: 2024年11月18日撮影)
3. F-86F (92-7897)
機体番号を”62-7427”と書き換えて展示中。本来の”62-7427”(注:先代の展示機)は主翼に境界層板のついたF-86F-30だったが、本機 (92-7897)は境界層板がなく、主翼を延長したF-86F-40だ。ヒコーキ雲さんへの投稿写真から1980年5月の公開日以降、1986年5月18日の公開日までの間に先代(本当の62-7427)の機体と交換されて展示が始まった。ドロップタンクもパイロンも無いクリーン形態での展示であり、スッキリとした印象を受ける。2023年11月の基地祭前に再塗装された。

写真3 機体には”62-7427”と記載しているが、本当のS/Nは92-7897。先代の展示機62-7427号機は1980~1986年の間に廃棄されてしまった。(2022年11月14日撮影)
4. F-104J (36-8540)
1980年ごろには伊豆バイオパークに展示され、その後の一時期は神戸のメイテックで展示されていた機体。2023年度末に再塗装された。

写真4 各地で展示されたのちに岐阜基地に落ち着いたF-104J。(2009年10月12日撮影)
5. T-2 (59-5107)
T-2特別仕様機(F-1のプロトタイプ)の2号機だが、初飛行は1号機(59-5106)よりも4日早い1975年6月3日だった。#106号機は6月7日に初飛行した。2006年3月2日に岐阜基地飛行開発実験団が保有する航空自衛隊最後のT-2として最終飛行を行った後は、基地内に保管され、航空祭等でコクピット公開機などとして使われていたが、2017年2月20日(月)に現在の航空機展示場に移設した。なお、岐阜基地の公式Twitter(現X)の説明等により、屋外展示されるまでの保管部署は第2補給処整備部品質管理課であり、その保管場所は整備部整備場であったと思われる。2023年度末に再塗装された。
さて、本機は「FS-T2改」「T-2特別仕様機」「F-1原型機(プロトタイプ)」などと呼ばれているが、記述上の分類定義は次のようになるかと思う。
・機体種別をいう場合には、あくまで「T-2」。根拠は国有財産台帳やシリアルナンバーの機種分類番号だ。
・T-2高等練習機を支援戦闘機に発展改造する事業上での名称(開発目標としての名称)は「FS-T2改」。
・上記「FS-T2改の開発事業」を行う過程で、実証用に製造された機体”そのもの”を指す場合は「T-2特別仕様機」。ただし、通常「FS-T2改」と「T-2特別仕様機」は混同して用いられている(実務上の意味合いは同じであるため)。
なお、2020年代に入ってから、本機を”F-1”と称するネット記事が配信されているが、私はこの記事の記述には同意できない。あくまで「T-2特別仕様機」あるいは「F-1のプロトタイプ」であって、「F-1」ではないと主張すると共に、誤った認識が拡散されることを防ぎたいと考えている。次の記事に論拠をまとめたので、一読いただければ幸いだ。
【雑談】三菱F-1の初飛行日は1977年6月16日 - 用廃機ハンターが行く!

写真5 F-1のプロトタイプとなる「T-2特別仕様機」の2号機にあたる107号機。プロトタイプ初号機(106号機)は既に解体処分され、存在しない。(2022年11月13日撮影)
6. T-33A (51-5663)
岐阜基地の広報展示機群の中では最古参の機体で1965年10月11日に用廃になったとされる。用廃直後から展示機となったものと考えているが、ネット上にある、撮影日の判明している最古の写真は1986年5月18日の航空祭時に撮影されたもののようだ(ヒコーキ雲さんに掲載)。1965年から1986年の約20年間の動向が不明な機体なので、岐阜基地の歴史資料をめくれば、何らかの情報が得られるかもしれない。岐阜基地広報担当者さん、基地の広報展示機の歴史を探って、トリビアをXに紹介しませんかぁ?と、煽っておく。2023年11月の基地祭前に再塗装された。

写真6 本機は半世紀以上も岐阜基地に居座る古顔・・・だと思う。背景に見えるC-46Dがやってきたのはそれから10年を経過した1975年頃のことだ。(2009年10月12日撮影)
7. T-34A (61-0406)
1983年1月17日に第12飛行教育団で用途廃止となったとされる機体で、1986年5月の航空祭時にはすでに広報展示機の仲間入りをしていた。2002年頃から銀色一色の塗装になっている。

写真7 T-34A。1969-1975年ごろの塗装にしたものだが数字がやや太い。(2009年10月12日撮影)
8. ナイキJ地対空ミサイル
かつての地対空ミサイルナイキJも展示機群の近くに置かれている。岐阜基地には2個高射隊が所在しているが、どうしても(飛行展示に注目されてしまい)忘れられがちになってしまう。観客は、この先にある「ヒコーキ(常設広報展示機群)」に向かうので、ミサイルの脇で立ち止まって写真撮影する人は少ないようだ。ある意味「撮影しやすい展示物」だが、自分自身も「撮り忘れる」ことが多い(笑)。

写真8 展示機群とは少し離れた場所にあるナイキJ。(2023年11月12日撮影)
【広報館】
広報館内には”体験搭乗”ができるF-86FとF-4EJの操縦席部分が置かれている。その他、個人的に興味のある展示物を以下に紹介する。
(1) F-86F (72-7723)
機首部(コクピット周辺部)のみが館内に置かれている。F-4コクピット搬入と同時に廃棄されてしまうのでないかと危惧していたが、インテイク内に入ることが出来るので意外に訪問客には人気があるそうな。当面は廃棄の心配は無さそうに思う。なおインテイク内まで掃除が行き届いているとは思えない(そもそも管理する人手もない)ので、インテイクくぐりをする場合は「自らがモップ/雑巾代わりとなっている」可能性があることに留意しておこう。楽しければ、そのくらいのコトは容認できるだろう。

写真9 広報館内のF-86F機首部。(2023年11月12日撮影)
(2) F-4EJ (47-8336)
岐阜基地公式Twitterは2023年7月20日付で336号機のコクピット計器を使ったシミュレーターが広報館に入ったことを伝えた。これは2022年末頃より廃棄直前の336号機を一旦、第二補給処内に移動させ、部品取りを行い、製作していたことが数次にわたりTwitterで報告されていたものだ。オリジナルは計器部分だけであり、計器を取り付けてあるパネル盤や機首部の機体構造部などは全て”自作品”だ。

写真10 広報館内に置かれた「体験搭乗用」のF-4EJ機首部。(2023年11月12日撮影)
(3) T-2 (29-5104)の計器盤
細かいところは量産機と異なる。サラリと写真を撮って、あとで浜松広報館の機体(ブルーインパルス機となった#111号機)の計器盤と較べてみよう。

写真11 広報館内に置かれたT-2(#104)の前席計器盤。(2023年11月12日撮影)
(4) 国産空対空ミサイルXAAM-2-Aと超音速ロケットターゲットSSRT-A
1970年代に開発/試験が行われた国産の空対空ミサイルXAAM-2-Aと超音速ロケットターゲットSSRT-Aが広報館の片隅に置かれている。
・参考文献:「SSRT-Aについて」島たかし、山田隆昭、日本航空宇宙学会誌(17巻)p.354-361(1967)

写真12 採用には至らなかったXAAM-2-A(上)と高速自動安定制御の実証試験に使われたSSRT-A(下)。(2023年11月12日撮影)
【保管機】
(1) F-4EJ (17-8301)
航空自衛隊が140機導入したF-4EJファントムの初号機で、運用末期に機体に施された「導入当時のようなガルグレイと白の特別塗装」のままで航空開発実験団の格納庫内に保管されている。航空自衛隊のF-4EJ/EJ改は2021年3月1日に岐阜基地にて全機が引退したが、運用最終日まで残っていた機体は301(本機)、336、431(改)の3機であった。本機は用廃後の引取り先が見つからなかったようで、2021年3月19日付でイカロス出版Jウイング編集部名で「引取り先はありませんか?」とのコメントをTwitter(現X)にて発信している。岐阜基地の格納庫には現在”ゆとり”があるハズなので、当面は基地で保管し、この先、数年程度は基地祭でコクピット公開などのイベント用展示として活用されることだろう。2023年11月12日の航空祭では基地南側に展示され、主翼を折りたたむ様子を観客に披露している。
行先の決まらぬ本機だが、いつまでも綺麗な姿で屋内展示で残して欲しいとは思うものの、「現実的な初号機の残し方」としては、数年後に基地南西部に展示されている87-8409号機と交換して、屋外展示機にするというのが「落としどころ」ではないだろうか。
蛇足情報だが、運用最終日に残っていたF-4EJ(47-8336)は前席部品を使って”体験搭乗用機”となって岐阜基地広報館内に置かれており、またF-4EJ改07-8431(改造初号機)は2023年2月に隣接する岐阜かかみがはら航空宇宙博物館に貸与され、恒久的に展示されている。

写真13 2023年11月の航空祭にて主翼を折りたたむ様子を披露したF-4EJ初号機。(2023年11月12日撮影)
(2) H-21B (02-4759)
第2補給処の倉庫内に保管されている保存指定航空機。一般には公開されていない。
(3) F-104J (76-8686)
第2補給処の倉庫内に保管されている保存指定航空機。一般には公開されていない。
※ 航空自衛隊の保存指定航空機については別記事を参照ください。
【かつて存在していた展示機】
岐阜基地の展示機は入れ替わりが激しい。全てはトレースできないが、私が撮影した機体や興味のある機体など、一部を紹介しておこう。
1. T-2 (29-5102)
T-2試作2号機(29-5102)は2005年12月ごろに滑走路の北側35.3982N、36.8628Eに展示された。展示に際しては「開発に際しては無垢な心掛けで」という意味を込め、全ての塗装を落とした銀地として尾翼のマークのみを記入していたが、2021年3月中旬に解体撤去された。解体公告より入札は2021年1月7日、履行期限は2021年3月31日だった。2021年3月17日には第二補給処前の廃材置場に切り刻まれた銀色の機体(ベントラルフィン付)が見える写真がTwitterに投稿され、作業終了が確認された。本機はあいち航空ミュージアムに展示すれば「三菱航空博物館」になったのにと思うが、おそらくは公告を出す前には電話の一本でも入れて打診を行った結果なのだろう。
2022年11月13日の基地祭時には車輪を置いていたコンクリート製の台座(3か所)と立て看板(シートで包まれていて内容は見えないようになっていた)のみが撤去されずに残っていた。
なお本機の解体仕様書には垂直尾翼は切断済であることが記されており、事実2020年12月下旬ごろにはTwitterに垂直尾翼のない本機の写真が投稿されていた。恐らくは基地内モニュメントとなるのだろうと考えていたが、基地内のどこかの部屋の応接セットの脇に立てかけられていることが2023年7月10日の岐阜基地公式Twitter発信により判明した(調度品の質が良さそうなので団司令の部屋だろうか?)。どうやって部屋の中に運び込んだのかが気になるところだ。2023年11月12日に行われた航空祭では、いずれかの格納庫内の赤白の緞帳脇に置かれている姿がXに投稿されていた。そのうち予算が付けば、モニュメントにして基地内のどこかに残すのではないかと思っている。


写真14-1, 14-2 基地内滑走路北側にあったT-2試作2号機(29-5102)のモニュメントだが、2021年3月中旬には解体・撤去された。垂直尾翼のみは基地内に残されている。(14-1(上): 2016年10月30日、14-2(下): 2019年11月10日撮影)
2. V-107(KV107II-5, 74-4801)
航空自衛隊が導入したV-107の初号機だったが、2011年11月頃に腐食を理由に解体撤去された。ヒコーキ雲さんには「塩害による腐食」と記載されているが、展示機となってから数年経過してから「現役時の塩害が元で」とホントに言えるのだろうか。単に屋外展示で管理が悪かったことで風雨による腐食が生じた(進んだ)というのが主たる原因だろうと考えている。初期の機体はホイストウインチが機体内部に格納されており、必要時にはフックの部分を含めて伸縮式のアームをドアから伸ばして(もちろん人力で)吊り上げる仕組みになっていた。外付けホイストになるのはエンジンをパワーアップしたV-107Aなってからとのこと。(入間、浜松、小牧、新田原にある機体とホイストの位置について写真を較べてみよう)

写真15 かつて展示されていたV-107。機外にホイストが無い。(2009年10月12日撮影)
3. T-6G (62-0100)
2010年10月13日に解体し、15日(金)の午前中に美濃加茂市にあるヤマザキマザックへと運ばれた。このためGE-Proの2010年7月1日取得画像ではまだ基地南側の広報機展示場に置かれている姿が確認できる。修復・整備された後はヤマザキマザック工作機械博物館にて展示されている。

写真16 現在はヤマザキマザックの工作機械博物館内に展示されているT-6G。(2009年10月12日撮影)
4. 試製秋水 (J6M)
1961年6月に神奈川県横浜市金沢区の日本飛行機杉田工場の拡張工事の際に地中より見つかった胴体の一部(主翼や尾翼の無い、バスタブのような胴体主要部の枠組みのみ)が1963年2月より岐阜基地にて保管・展示されていた(35.3923N, 136.8507E)。この胴体部分は1997年11月に三菱重工業へと譲渡され、2001年12月には全機規模で機体が復元され、しばらくは小牧南工場敷地内の史料室内に展示されていた。現在は同社大江時計台航空史料室に移設されて一般公開されている(ただし写真撮影不可)。岐阜基地に置かれていた当時の様子はモノクロネガとポジで撮影しているが、当面スキャンして紹介する予定は無いので当時の様子を知りたい方はネット検索するなどしてみてください(ヒコーキ雲さんに画像があります)。
5. 愛知零式三座水上偵察機
1971年10月9日に千葉県館山沖から揚収された胴体と右翼部分が南基地内(35.3922N, 136.8508E)に展示されていたが、2021年3月に福岡県の芙蓉博物館に移設された。
・参考:本Blogでの芙蓉博物館の記事;
【福岡県】芙蓉博物館(一時公開) - 用廃機ハンターが行く!

写真17 愛知零式三座水上偵察機の残骸。現在は福岡県豊前市の芙蓉博物館にある。GE-Pro画像を見ると背景にある建物は2022年4月ごろには取り壊されていた。(2009年10月12日撮影)
5. F-86F (62-7427)
ヒコーキ雲さんへの投稿より1974年10月19日の公開時には用廃機であったものの、エプロンにて展示されていた。その後1980年6月1日には南基地の展示機エリアに設置されていたが、1986年5月18日の公開日には、すでに"二代目の427号機”に交換されていた。
【その他】
(1) 基地内第二補給処の一角(35.3917N / 136.8548E)には用廃となった3機のE-2Cがシートに包まれて保管されていたが、2025年8月末まで(解体役務公告の履行期限)に解体された。機体は東側よりBu.16189(写真判定)、Bu.161788(消去法による推定)、Bu.161787(写真判定)だ。なお、2023年11月の公開時には455号機が格納庫内にあったというXへの投稿があるため、2023年11月時点では合計4機のE-2Cが岐阜基地に内に保管されていることになる。E-2Cの退役状況については別記事を参照願います。

写真18 基地南側でシートに包まれて放置されていたE-2Cは、2025年8月末までに解体された。(2023年11月14日撮影)
(2) F-4EJ改(07-8431)
本機は退役後のランウェイウォーク開催時や2022年度航空祭で展示されたが2022年度末(2023年2月)に隣接する岐阜かかみがはら航空宇宙博物館に展示された。
・参考(関連記事);
【短報・続報】岐阜かかみがはら航空宇宙博物館にファントム431号機とBK117を導入 - 用廃機ハンターが行く!
(3) C-1FTB (28-1001)
2024年度末に最終飛行を実施。2025年10月12日に開催された岐阜基地航空祭では格納庫内に展示されていた。「当日に聞いた話」として、2025年度中に解体予定との話がX上に飛び交っている。当分の間は岐阜基地の調達情報を注目し、航空機の解体/収集と運搬/処分に関する役務の公告の有無を確認しておこう。(2025年10月13日記)
【余談(その1):焼かれたF-86D】
1996年3月23日に基地見学した時のこと。ファイアーピットには機首に182と描いたF-86Dが置かれていた。その後の岐阜基地祭で現地を確認すると黒焦げになった機体の残骸が置いてあったので、消火訓練に使われたのだろう。さてこの機体はどこにあったものなのか?とヒコーキ雲さんへの投稿を調べててみると、どうやら大阪府大阪狭山市にあった「さやま遊園地(2000年4月1日閉園)」に1973年頃から1992年ごろにかけて展示されていた機体のようだ。さらにこの機体は04-8182号機ではなく、04-8209号機の"209"を消して、"182”と記載した機体のようだ。
F-86Fの機体返還時にも見られた機体番号の書き換えだが、本機も返還機の書類と現物を合わせるための書き換えが行われていたのではないかと考える。F-86Dの運用終了は1968年。当時返還に関する書類作業を行っていた方が35歳程度だったとしても2021年時点では88歳だ。このことを明らかにする手段は事実上残されていない。
蛇足ながら本機が展示されていた「さやま遊園」にはF-86D/F、T-33A、T-6が展示されていたことが国土地理院の航空写真で確認できる。2021年頃より何号機がどのような塗装やマーキングで展示されていたのか確認すべく、いくつかのサイトやTwitterで情報提供の呼びかけを行っているが、本F-86Dを除いて具体的な情報は得られていない(情報はヒコーキ雲さんへの投稿ですので、そちらを参照ください)。
・参考(関連記事);
【大阪府】さやま遊園の展示機(記録) - 用廃機ハンターが行く!

写真19 ファイアーピットに置かれたF-86D。この後しばらくして消火訓練に使用されて焼失した。機首に”182”と記入されているが実際は04-8209号機だったと思われる。(1996年3月23日撮影)
【余談(その2):川崎重工(株)の展示機】
岐阜基地航空祭開催日に名鉄三柿野駅を降りると、一旦、川崎重工(株)の敷地内を抜けて入場門へ行くルートに誘導される(2015年前後からの処置)。この際にT-4ブルーインパルス機とT-33Aを眺めることができる。
(1) T-33A (51-5646)
2003年11月には国産初号機である"61-5201"のS/Nが描かれていた(注:もちろん川重製だが、201~220号機はノックダウン製造機であり、完全国産となるのは61-5221号機以降だ。この221号機は岐阜かかみがはら航空宇宙博物館に展示されている)。その後、2000年代末頃までの間にオリジナルS/Nである”51-5646”に修正されている。本機は航空自衛隊からの無償貸付機であることが確認できていない機体だ。MAP供与機なので、航空自衛隊から米軍に返却された後に、「米軍からの払下品」を入手した機体なのかもしれない。川崎重工(株)の広報担当部署に問い合わせれば「何か判るかもしれない」が、現時点では「そこまで手を煩わせることもない」と考えている事案なので、特にアクションは起こしていない。

写真20 見えそうで見えない/見せないT-33A。(2023年11月12日撮影)
(2) T-4 (46-5726)
用廃となったブルーインパルス機が事務棟1階に置かれており、基地祭の時には外側からガラス越しに撮影できる。2024年2月の東松島市議会議事録を見ると、本機を東松島市の道の駅に移設する可能性があることを市長が述べていたが、その後、道の駅に展示するのは46-5731号機であることが公表された。

写真21 撮影時間帯によってはガラスの反射がキツイ。(2024年11月17日撮影)
以上