用廃機ハンターが行く!

アジア各地に転がる用廃機を見に行くためのガイド(?)

このBlogについて

※ 2022年8月29日夜にウッカリ全ての文書を消去してしまいました。以下のイントロ文は新たに書き直ししたものです。2022年9月19日に見直し更新実施。

 

【目的】

 このBlogは主に東南アジアから極東の各国に展示されたり放置されている「飛べない軍用ヒコーキ」を訪ねる際の”ヒントを提供する場所”として作成しました。また一部の国・地域では航空ショーの様子やスポッティングガイドも記載し、皆様が現地を訪問される際の一助となるようにしています。

 ここでは読者の皆様が現地に辿り着くための情報(あくまでヒント)を提供することに主眼を置いていますので、展示機の由来や背景、機種解説や当該国での運用実績・エピソードなどは基本的には記載していません。これらの詳細は別途ネット検索を行って、そのスジのリサーチャーのHPなどを参照してください。

 

【ご紹介する範囲】

1. 本Blogでは主に日本国内および東南アジアの各国に展示されている航空機を訪問するための情報を提供します。また「番外」として私自身が訪問したことのあるその他のエリア(欧米やオーストラリアなど)の博物館なども少しばかりご紹介します。

 なお、これらの国々やエリアにある全ての展示機を網羅するサイトにするつもりは毛頭なく、あくまで「訪問したことのある場所の紹介」と「今後、機会があれば私自身が訪問したい場所の情報(事前調査結果)の共有」が主体です。情報提供のみで私自身が未訪問の場所には都度、その旨を記してあります。

 

2.紹介するのは次の国やエリアです。

2-1.極東、東南アジアから中近東;

Abu Dhabi、Australia、Cambodia、India(デリーのみ)、Indonesia、Laos、Phillipines、Malaysia、Singapore、Vietnam、中国、香港、台湾、韓国、日本 

2-2.番外編として紹介する欧米諸国;アメリカ、イギリス(予定)、フランス、オランダ、ベルギー、イタリア、スペイン、ロシア、オーストラリア

  

3. 紹介する航空機の種類は主に軍用機です。

 私自身の興味の対象から軍用機の展示場所をメインに紹介します。軍用機であれば固定翼機も回転翼機も問いませんが、民間機(特に小型機)はあまり取り扱っておりません。政府機関(警察・消防など)の機体はケースバイケースです。予めご了承ください。

 

【その他】

 本ブログ記事はスマホ閲覧には対応してません。PCで閲覧される場合には右側に表示されるカテゴリー欄から国名(国内の場合には陸海空自衛隊か地域)を選択してみてください。スマホの場合には「用廃機」と「機種名」あるいは「展示場所名」などで検索してみてください。

 以上  

【メモ/備忘録】Kawasaki EC-1

<編集履歴> 20Feb.2024公開、22Feb.2024見直し更新(第2回目、見直し、写真追加)

 

【はじめに】

 2024年度末までに引退するという地元説明会用の資料が存在するEC-1。世界にたった1機の貴重な機体だけれど、用廃後に展示機となることは、まず間違いなく無いだろう。せめてその記録をキチンとまとめておくことが必要かな、などと思う。

・参考;EC-1、2024年度末までに退役 - 用廃機ハンターが行く!

 だけど電子戦機に関する航空自衛隊の公式資料はほとんどないし、電子戦理論も物理で波(光・電磁波)の性質を理解していないと説明することも、理解することも少々難しい。ここは一般に入手可能な書籍や資料等から得られる「ヒコーキ写真マニア目線」でのEC-1のお話として、まとめておこうと思う。

 例によって資料を集めつつ、書きながら進めるので、本記事が「大作」となるのは数年後の見込みだ(そもそも電子戦の知識が無いのに書けるのか?>自分)。

 記事をUpすると一時的にアクセス数が増えるけれど、今日の時点では中身はありません。あしからず。年単位の間隔で「話が増えているかな?」と見に来ていただければ幸いです。

 最後に、本記事に掲載した写真は、特記しない限り全て入間基地周辺で撮影したものです。

写真1,2 EC-1の左右側面写真。日によって当たり外れはあるものの、今のうちに入間基地に通って、その姿を自分の目で見ておこう。(写真1: 2022年6月27日、写真2: 2024年1月17日)

 

【概要】

(1) C-1(78-1021)を「レーダー妨害用」の電子戦訓練機に改造した世界に1機しかない超ド珍機。訓練用とはいえ「使おうと思えば(実戦で)使える」(もちろん自殺行為に近い)ので、2020年頃に発行された韓国の国防白書(英語版)では「日本の保有する電子戦機」の中にカウントされている。(ちなみにYS-11Eも「レーダー妨害用」訓練機であったが、搭載機器を更新して「通信妨害用」支援機のYS-11EAとなった)

(2) 国産の機上ECM訓練装置J/ALQ-5(のちにJ/ALQ-5改へ換装)を搭載。外形的には機体前後に大きなレドーム、側面に小さなレドーム4個、機体下面に小さなレドーム2個を装備する。機体前後のレドーム形状からずんぐりむっくりとした感じとなり、(特にノーズ形状から)「カモノハシ(さらに転じて”カモちゃん”)」とマニアの間で呼ばれることが多い。

写真3 機首の形状から、マニアの間では「カモノハシ」と呼ばれることもある。

(2024年1月18日)

 

【中身の話(J/ALQ-5とJ/ALQ-5改)】

 機上ECM訓練装置J/ALQ-5(部隊使用承認前の型式名称は頭に”X”がついた”XJ/ALQ-5”)は警戒管制レーダーや地対空ミサイル用のレーダー、戦闘機や偵察機のレーダーに対して電子妨害をかける装置だ(文書上では”電子戦環境を模擬する装置”という)。電子戦の内容にはレーダー妨害、通信妨害などがあるが、レーダーに「目潰し」を仕掛けて、探知されなくするのEC-1の役目。探知されたとしても、その情報を迎撃機に渡さないようにする(通信情報妨害)のがYS-11EAの役目と思ってくれればよいだろう(どんなに遠くのものをみつける能力のあるレーダーであっても、その探知情報を迎撃機に伝えることが出来なければ意味がない)。

 ちなみにYS-11Eに搭載していたJ/ALQ-3は「電波妨害」(レーダー妨害)装置なので、「通信妨害装置」であるJ/ALQ-7を搭載したYS-11EAに改造された時点で、その役割は大きく変化している。

<XJ/ALQ-5とJ/ALQ-5>

(1) 前述の通り、開発期間中の装置名称はXJ/ALQ-5、部隊使用承認されてからはJ/ALQ-5となるが、本Blogでは特にこだわらない限りはJ/ALQ-5と称する。1978年9月に主契約企業を三菱電機として基本設計が開始された。XJ/ALQ-5の試作が開始されたのは1979年10月とされる(1979年度下期スタートということやね)。

(2) J/ALQ-5のシステム構成は電源部、信号処理/計算機、表示/操作部、送信部、妨害電波発信アンテナ(高域帯用に左右胴体側面に4基)、妨害電波発信アンテナ(低域帯用に機首に2基、機尾に2基の合計4基)といったところかな。

(3) 性能的な話をまとめると次のようになる;

・各種レーダー(警戒管制、地対空誘導弾の目標補足、誘導、戦闘機)などに対して”電子戦環境を模擬する”(要は電子妨害をかける)。

・アンテナにフェイズドアレイ(電子走査)式を採用

・信号処理を自動化することで多目標へのECMが可能

・広い周波数帯で妨害電波を発信し、多数のレーダーを妨害可能

・発信用電源の強化により、EC-46D/YS-11Eに搭載していたJ/ALQ-3の10倍程度(以上)の出力で妨害電波を発信可能

(4) C-1への搭載設計は、川崎重工にて1980年11月に始まったという。年度内にその結果をまとめ、技術研究本部に提出した。予算の都合か機器開発の都合なのかは不明だが、1981年度は何事もなく終わり、C-1の021号機がIRANに入るタイミングとなった1982年度~1984年度にかけて、XJ/ALQ-5を搭載するための機体改造を行った。改造後の初飛行は1984年12月3日。1985年1月末に航空自衛隊に引き渡されたとされる(文献により1985年3月末であったり、1986年1月末だったりする。85年3月末は「1984年度末」の読み替えだろう。また1986年1月末説は85年と86年を間違えたか、あるいは単なる誤植と推定)。

<J/ALQ-5能力向上型とJ/ALQ-5改>

(1) 周辺環境の変化により、2000年代初頭にJ/ALQ-5の更新を図ることになった。新たに整備するECM訓練装置を”J/ALQ-5能力向上型”と称するが、部隊使用承認が得られた際に”J/ALQ-5改”となった。本Blogでは、特にこだわらない場合には、これらを”J/ALQ-5改”と称する。

(2) 2008年に搭載機器をJ/ALQ-5改へ換装。当初の評価・確認試験は1年間の予定であったが、雨漏り(文書表現は「雨水による不具合」)による異常を生じたため、その対策等のために試験は1年間延長となった。おかげでマニア的には2008年と2009年の2回、岐阜基地公開の際に本機を間近に見る機会に恵まれている。

https://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/11339364/www.mod.go.jp/j/approach/hyouka/seisaku/results/24/jigo/youshi/05.pdf

https://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/11339364/www.mod.go.jp/j/approach/hyouka/seisaku/results/24/jigo/honbun/05.pdf

https://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/11339364/www.mod.go.jp/j/approach/hyouka/seisaku/results/24/jigo/sankou/05.pdf

https://dl.ndl.go.jp/view/download/digidepo_1283286_po_TRDI50_09.pdf?contentNo=9&alternativeNo=

https://www.mod.go.jp/atla/soubiseisaku/vision/rd_vision_kaisetsuR0203_01.pdf

写真4 入間基地の滑走路南端に向けてタキシングするEC-1。YS-11EBが後ろに続く(2019年2月7日)

 

【EC-1に関するウワサ話】

 基地外周で撮影をしていると、ヒマな時間のマニア同士の「情報交換」では、ウソかマコトか分からない話が耳に入って来る。そんな話を3つばかり紹介しておこう。

<その1>

 1980年代に開発されたJ/ALQ-5は巨大なシステムとなった。EC-1の開発要求事項に「母機の改造は最小限にとどめること」とあったが、結果として「カモノハシ」になってしまった。計画図面を見た官側は「これが最小限?」と驚いたとか。メーカー側曰く「装置を取り付けた以外は、母機に手をつけていません!」

<その2>

 電子関連機器の小型化、高性能化の発展速度は目覚ましく、J/ALQ-5改のシステム構成アンテナは小型化することに成功したという。このため、換装後のEC-1ではレドームを小さなものにすることも可能だったが、それをやると空力試験を行う必要が生じる。そうするとお金も時間も人手もかかるので「このままでいいや」となったそうな。だから、今のEC-1のレドーム内はスカスカなのだとか・・・。

 念のために繰り返して書いておくけれど、ホントかウソか分からない、基地外周で聴いた話だからね、これは。

 さて、以前はネット上で見られた「事後の政策評価」の中で、アンテナを含むJ/ALQ-5構成装置(試作品)の写真が掲載されていた(今では、この政策評価自体が見られなくなっている)。このアンテナが従来に比べて、どのくらい小さくなっているのかは、旧型のJ/ALQ-5の外観が公開されていないので、比べることはできなかったのだな・・・。

<その3>

 J/ALQ-5改の開発試験の総仕上げでは全機最大出力試験を実施することになった。ところが困ったことに、日本国内でこれを実施する場所が無いのだな。陸上や日本近海(太平洋側)で試験をすると、恐らくは国内の無線通信網がズタズタになってしまい、経済混乱を引き起こしたうえ、トンでもない額の賠償金を請求される(防衛省が税金から支払うのだから、開発現場にゃ関係ねーや。オレ達は要求仕様通りの優れたモン作ったんだぜぇ。要求通りの性能を発揮させて、どこが悪い?との声あり)。日本海側のGエリアで実施すると、対岸の国々に性能がバレてしまう恐れがある。硫黄島まで飛ぶのは機内燃料の都合でリスクが大きい(EC-1にはC-1の末期生産型に設けられた主翼内の増加燃料タンクは装備されていないとされる)。

 検討の結果、硫黄島に行くしか手段が無いという結論に至った。そこで機内の計器の隙間に小型燃料タンクをいくつか設置して飛んで行ったという。「急造の燃料配管から燃料が漏れることなく、空中で火災を起こさずに無事に到着できた!」ということの方が、最大出力試験よりも重要事項だったそうな。

 もちろん、最大出力試験は問題もなく終了したが、こちらは「成功して当たり前だろ」の一言で片づけられたとか、「これでアメリカには性能を知られてしまった」との声があったとか・・・。

 ハナシの流れ的には、よくできた「ウワサ話」だと個人的には思っている。ポイントごとに事実が混じっているのだろう。

 

【外形的な特徴】

 J/ALQ-5(改を含む)を搭載したEC-1の細部を「ヒコーキ写真マニア目線」で見てみよう。モデラーさんほど細かくは見ていないので、突っ込んでやってください。

 なお、私たちが見ている(見えている)のは、あくまでアンテナフェアリング(アンテナの覆い)であって、「J/ALQ-5」や、「そのアンテナ」ではない。自衛隊側ではこれを通常「レドーム」と称しているようだ。本来「レドーム」とは「レーダーアンテナ」の覆いのことを指すのであって、「妨害電波発信用の”アンテナ”」の覆いのことは、やはり「アンテナフェアリング」というべきかな、などとも思うが、私自身が明確な定義を知らないので、本Blogでは両者を混在させて記載する。文字数が少なくて済む「レドーム」という言葉を多用すると思うが、気になった方は指摘してください。

<前部胴体>

(1) 機首に妨害電波発信アンテナ(前方方探妨害空中線(低域帯用))を2基収めた大型レドームがある。これは本機の最大の特徴だ。このレドーム内の中心部には気象レーダーのアンテナがあり、その両脇に2基の妨害電波発信用アンテナが、機軸から45度くらい(正確な角度は不明)傾けて、外側に開くように設置してある。前述のように妨害電波発信用のアンテナは電子走査式なので首を振ることはなく、アンテナ自体は固定されている(注:気象レーダーは首を振ります)。操縦席の左右の窓下には、高さの低い整流板のようなものが取り付けられている。小さな模型では、この整流板(?)が省略されていることがあるので、注意しておこう

(2) 機体左右の主翼前の胴体側面には妨害電波発信アンテナ(前方方探妨害空中線(高域帯用))のレドームがある。これは上側を胴体側との接続部(ヒンジ)として上側に開く。上部の取り付け部には整流版のようなものが取り付けられているが、これは上前方から垂れてきた雨水がレドーム内に侵入しないようにしたレインチャンネル(雨樋)とのこと、で後部のレドームにも同様のレインチャンネルが設けられている。これも小さな模型では省略されていることがあるので、注意する。

(3) バルジ前下方にはALE-41装着時のハードポイントがあるが、通常は塞がれていて、よく見ないと、どこだか分からない。

写真5-1 機首部(2017年10月23日)

 

<中胴部>

(1) 胴体下面中央の主脚扉前あたりとバルジ後縁部あたりの二か所にアンテナフェアリングがあるが、用途は不明。

(2) 左右のバルジ側面にはそれぞれ2か所のエアスクープ(冷却用空気取入口)が設けられている。

写真5-2 (2017年10月23日)

 

<後胴部>

(1) 機体左右のドア上後方の胴体側面には妨害電波発信アンテナ(後方方探妨害空中線(高域帯用))のレドームがある。前述した通り、胴体取付部上部にはレインチャンネルが設けられている。

(2) 機尾に妨害電波発信アンテナ(後方方探妨害空中線(低域帯用))を2基収めた大型レドームがある。妨害電波発信用アンテナは機軸から45度くらい(正確な角度は不明)傾けて、外側に開くように設置してある。レドームの上後部には、かなり大きめの整流版が取り付けられている。

(3) 垂直尾翼の付根前縁付近の左右胴体上部にエアスクープ(冷却用空気取入口)がある。

(4) 胴体下面中央、日の丸の前縁の下あたり(下に開くカーゴドアの先端下部付近)に小さなアンテナフェアリングがある。通常のC-1にも見られるが、それよりはやや大きいように思われる。

写真5-3 (2017年10月23日)

 

【ALE-41】

AN/ALE-41チャフディスペンサーは、ポッド内部にアルミ箔のロールを搭載し、適度な間隔で、これを切り刻みながら排出するというタイプのチャフ散布装置だ。航空自衛隊では1982-4年頃に岐阜基地で評価試験を行った後に採用し、F-4EJやT-2に搭載して訓練に用いていた。その国産ライセンス生産品はJ/ALE-41というが、ここではALE-41と称する。

 EC-1にはこのAN/ALE-41ポッドを左右のバルジ前の前部胴体側方下部に1本づつ、計2本を取り付けることができるよう、ハードポイントが追加されている(正確にはハードポイントにパイロンを取付け、そこにALE-41ポッド取付ける)。ALE-41を取付けることはできるが、その形態で運用する姿の目撃例は少ないように思う。もちろん、運用の最盛期にはインターネットなんぞは存在しておらず、情報量が極端に少なかったということもあるだろう。詳しくはまだ調べていないが、J/ALQ-5改を搭載した2008年以降は、改装直後の試験評価の時を除いては装着したことが無いと言っても良いような状況ではないだろうかと思っている(今後、しばらく調査してみます)。

1987年3月26日にはALE-41を搭載せず、パイロンだけを取付けた形態で横田基地にアプローチする姿が撮影されている。

 私自身はEC-1にALE-41を装着した姿を見たことが無い。F-4EJやT-2に搭載されている姿は見たことがある。ネット上にはT-4に搭載可能という記載があるが、T-4に搭載した姿も記憶にない。F-1にも搭載可能と記載していてる記事もあるが、こちらも見た記憶が無い。F-1迷彩のT-2に搭載した例を間違って伝えているのではないだろうか。自分の記憶に自信がないので、搭載可能機種と搭載例についてもチョイトばかり調べてみる必要がありそうだ。

 

【空撮写真】

 EC-1の空撮写真が公表されたケースは次の2例だけではないだろうか(ちなみにYS-11EA/EBは皆無かと思う)。そんなワケで、関係者の皆様には「空撮で機体を上から見下ろしたショットを残してよぉ!」というリクエストを記しておく。ホントに希望する方はSNSでつぶやくのではなく、入間基地の電子戦隊あてにファンレターを直接送付した方が、おそらくは効果的かと思う(まぁ、ダメ元でやってみなはれ)。

(1)「空撮・電子戦訓練機 EC-1&YS-11E 妨害と欺騙の空」瀬尾央、航空ファン199年10月号p.41-47(EC-1の写真はp.41-44): 民間人カメラマンが公表を前提に空撮を行うことができた、おそらくは唯一の空撮機会の写真を掲載したもの。

(2) 「機体左側面を写した写真」撮影者不詳:恐らくは航空自衛隊の公式写真。撮影機と並行して飛行する何のひねりもないEC-1を写したもの。いくつかの媒体で見ることができた。

 

【一般公開の記録】

 「怪しい機体」だが、岐阜基地航空祭にて過去4回の一般公開が行われている。いずれも岐阜基地で試験を行っている最中の公開だった。入間基地に配備されたあとの正規の運用期間中に、入間基地の公開行事で展示されたことはない。

<一般公開日の記録>

(1) 1985年09月29日 岐阜基地 改造後に試験評価している最中の展示

(2) 1985年05月18日 岐阜基地 改造後に試験評価している最中の展示

(3) 2008年11月30日 岐阜基地 J/ALQ-5能力向上型に換装した後の試験中の展示

(4) 2009年10月12日 岐阜基地 J/ALQ-5能力向上型に換装した後の試験中の展示

注:2024年1月20日に開催予定だった2023年度の入間基地航空祭では、オープニングでEC-1がフライパスを行い、その後に地上展示される予定であった。しかし、同年1月1日午後に発生した令和六年能登半島地震の対応のため、基地祭自体がキャンセルされてしまった。なお基地公開イベント時に「正規の地上展示機」ではなかったものの、「そこそこ撮影できる場所に置かれていた」ことは何度かあった。2024年度の入間航空祭では「実機として最後に展示されるか」「用廃機が展示されるか」「展示されないか」と期待ワクワクですね。

写真6-1, 6-2 岐阜基地航空祭で展示されたEC-1。(上:2008年11月30日、下:2009年10月12日)

 

垂直尾翼の部隊マーク】

 EC-1に改造されてから38年間は、APW/ADTWでの試験期間も含めて垂直尾翼に部隊マークが入れられたことは無かった。だが、2023年11月04日に入間基地で行われたEC-1/YS-11EA/海自UP-3Dを集めた部隊間交流行事の際に、EC-1の垂直尾翼に「ヘルメットを被ったカラスが脚先から電光を発している」図案のマークが初めて入れられた。イベント時だけの余興かと思われたが、2日後の11月06日には、このマークをつけたままでフライトをする姿が初めて確認された。これ以後はマークを入れたままでフライトが行われている。

 ※部隊マークでは無いが、航空自衛隊50周年となる2004年度には「JASDF50」という記念ロゴマークをALE-41用のハードポイント上部やや前方に貼付して運用していた。

写真7 垂直尾翼に入れられたマーク。(2024年1月18日)

 

【C-1/EC-1 78-1021号機に関するイベント年表】

1976年12月04日 岐阜基地にて引き渡し前にタキシングするC-1(78-1021)の姿が撮影されている

1977年01月28日     C-1(78-1021)引き渡し。第401飛行隊に配備

1978年9月    機上ECM訓練装置の基本設計開始、主契約企業は三菱電機

1979年02月03日 C-1(78-1021)に第401飛行隊マークが入っていた

1979年10月   XJ/ALQ-5の試作開始

1982年06月30日 C-1(78-1021)に第403飛行隊マークが入っていた

1982年度    IRAN入場、同時に改造開始

1984年12月01日 外観的には改造済の機体が川崎重工岐阜工場にあった

1984年12月03日 EC-1初飛行。チェイサーは航空実験団(APW)のT-33A(61-5213)

1984年12月17日 主に前胴に気流子を付けて社内飛行試験実施

1985年03月末  EC-1航空自衛隊に引き渡し

1985年04月   航空実験団(APW)による実用試験および技術試験協力開始

        (この時点での搭載機器の名称はXJ/ALQ-5)

1985年09月29日 岐阜基地航空祭で展示

1986年01月31日 航空自衛隊に納入

世界の傑作機C-1(2022)p.132)より。1985年1月31日の間違いか?)

1986年03月   航空実験団(APW)による実用試験および技術試験協力終了

1986年05月18日 岐阜基地航空祭で展示

1986年06月27日 部隊使用承認を受け、以後はXが取れてJ/ALQ-5となる

1986年07月16日 入間基地航空総隊司令部飛行隊電子訓練隊にて正式運用開始

1993年06月30日 電子訓練隊廃止

1993年07月01日 電子戦支援隊(EC-1/YS-11EA)発足

2002年度    J/ALQ-5能力向上型の開発開始

2006年度    IRAN入場と同時にJ/ALQ-5能力向上型への換装作業開始

2008年11月   飛行開発実験団(ADTW)による実用試験および技術試験協力開始

2008年11月30日 岐阜基地航空祭で展示

2009年10月12日 岐阜基地航空祭で展示

2010年03月   飛行開発実験団(ADTW)によるJ/ALQ-5能力向上型の実用試験

                              および技術試験協力終了

2010年度    部隊使用承認。以後、J/ALQ-5改となる

2011年度    正式運用開始

       (部隊使用承認から年度初めまで、何もしなかったのかな?)

2014年08月01日 航空戦術教導団電子作戦群電子戦隊(EC-1/YS-11EA)発足

2023年11月04日 基地内行事の際に垂直尾翼に部隊マークが貼られる

2023年11月06日 上記マークをつけたままの姿で、初のフライト確認

2023年11月末頃 統合演習にて浜松基地に展開し、土日も含めてフライトを実施。快晴、順光、マーク入り、背景に雪を被った富士山入りという最高の条件下で本機を撮影された方は多かったのではないだろうか(私は浜松に行ってない)。

写真8 離陸するEC-1。お腹の様子を残すために必要なカットだ。(2021年11月25日)

 

【参考】

私自身が目を通していないけれど、読んでみたいと思うものも混じってます。

(1)「空撮・電子戦訓練機 EC-1&YS-11E 妨害と欺騙の空」瀬尾央、航空ファン1999年10月号p.41-47(EC-1の写真はp.41-44)

(2)「航空自衛隊の電子戦飛行隊」小林健航空ファン1999年10月号p.70-74

(3)「空自の航空機搭載用ECM機材」小林健航空ファン1999年10月号p.75-77:ALQ-5/-7以外のお話。

(4)世界の傑作機「特集 川崎C-1」1979年1月号No.105、文林堂

(5)世界の傑作機スペシャル・エディションVol.9「川崎C-1」(2022)、文林堂:上記(2)、(4)の内容も再掲。現在入手可能な資料の中では最も充実した内容の良書

(5)「電子戦の技術 基礎編」デビット アダミー著、東京電機大学出版局(2013)

(6)「電子戦の技術 拡充編」デビット アダミー著、東京電機大学出版局(2014)

(7)「電子戦の技術 通信電子戦編」デビット アダミー著、東京電機大学出版局(2015)

(8)「電子戦の技術 新世代脅威編」デビット アダミー著、東京電機大学出版局(2018)

写真9 着陸時にも機体下面の様子が判るカットを残しておきたい。(2024年1月18日)

以上