<編集履歴> 29Apr.2021公開、05May.2026見直し更新(第12回目、見直し実施)
<場所 Place> 〒807-0133 福岡県遠賀郡芦屋町大字芦屋1455-1
航空自衛隊 / 芦屋基地 -Ashiya Air Base- | [JASDF]航空自衛隊
<座標 Location> 33.8894N / 130.6637E
<訪問日Visit> 28Nov.2010, 18Feb.2018, 04Sep.2022ほか
<行き方 Access>
(1) JR鹿児島本線 遠賀川駅から芦屋タウンバスで自衛隊前バス停にて下車。
所要時間約20分。バスはすべての系統が自衛隊前を通過する。朝夕は概ね30分に1本、日中は概ね1時間に1本程度の便がある。
<解説General>
(1) 第13飛行教育団のT-4による訓練基地。航空救難団のU-125AとUH-60Jも配備されている。第5、第6高射隊などもあるが、本記事での紹介は割愛する。基地内に5機の展示機と1機の消火訓練機がある。例年10月後半ごろに航空祭が行われるので、その時が展示機撮影のチャンスだ。(コロナの影響により2020年度は中止、2021年度は開催未定)
(2) 展示機は基地正門奥にあるが、F-1のみは消火訓練機なので基地の奥の別の場所(33.8838N, 130.6624E)に置いてある。この場所は基地祭の時には遠賀川駅からのシャトルバス乗降場所となる場合があるので運が良ければ基地に入って真っ先に撮影することができるが、非公開エリアになっていた場合には撮影を諦めよう。
(3) F-86D、H-19C、ナイキJおよびF-1は2021年1月~3月末頃にかけて再塗装された。この時の仕様書を見ると、F-86DとH-19Cの区分は「展示用航空機」、ナイキJの区分は「展示用装備品」、そして”消火訓練用”と前述した三菱F-1の区分は「転用実機教材航空機(F-1)」となっており、明らかに目的用途が異なっていることが判明したが、本ブログでは特に記載しない限りは「展示機」という一括したくくりで表現する。
(4) 2022年9月4日の航空祭時には展示機展示エリアは立ち入り禁止となっており、道路から中望遠ズームレンズで撮影できるのみとなっていた。
(5) 基地内の航空参考館には一式戦闘機ハヤブサII型乙(キ-43II)の8/10サイズ模型やT-1の垂直尾翼、F-4EJの計器類、各種模型や大戦当時の搭乗者の写真(遺影)や手紙などが何点か展示されている。基地祭の時には公開されるので、一度は訪問しておこう。
【展示機 Displayed Aircrafts】
1. T-1A (05-5812)
1960年12月17日付で領収され、2001年2月28日付で用廃となった機体。その直後(2001年度中)から先代801号機(戦後の国内ジェット機開発1号機)と交換されて展示されている。なお801号機を岐阜かかみがはら航空宇宙博物館に持って行った際の顛末については「航空機を後世に遺す 歴史に刻まれた国産機を展示する博物館づくり」(p.76-77, 207-214、横山晋太郎著、グランプリ出版2018年)に詳しく記載されている。
・参考:全国各地にあるT-1A/Bの展示機一覧はこちら;
航空自衛隊 富士T-1A/Bの展示機 - 用廃機ハンターが行く!

写真1 二代目のT-1A展示機である05-5812号機。(2010年11月28日撮影)
2. T-6D (52-0002)
1955年2月1日付で米軍から航空自衛隊に移管/領収され、同じ1959年12月15日付で用廃となった機体。9機が供与されたT-6Dのうち、国内に唯一マトモな姿で残っている貴重な機体だ。おそらくは用廃となった後、約65年間(2026年時点)にわたり芦屋基地にて展示されているものと思われる。近年は保存状況は悪くなり、鉄骨で主翼を支えている。撤去は時間の問題だろうか。2022年9月4日の公開時には近寄ることができなかったがキャノピー周辺を粗い網で覆っていた。台風11号が接近中だったため、キャノピー可動部が勝手に開かないようにするためのものだろうか。
ちなみに航空自衛隊のT-6シリーズ初号機であるT-6D(52-0001号機)の前部胴体部分が愛知県豊川市のサバゲーフィールド「青空ハッスル」内に置かれている。
・参考URL/蒼空ハッスルさんのHPはこちら;
・参考:全国各地にあるT-6シリーズの展示機一覧はこちら;


写真2-1, 2-2 国内唯一残るT-6D。2022年の基地公開時には近寄ることができなかった。(上:2018年2月18日撮影、下:2022年9月4日撮影)
3. F-86D (84-8106)
1958年7月10日付で米軍から航空自衛隊に移管/領収され、1968年10月1日付で用廃となった機体。最後は第102飛行隊所属機であったとされているが、撮影時の尾翼にはシャチホコに青ライン(褪色激しい)の「第105飛行隊マーク」が描かれていた。2021年1~3月頃に再塗装されており、その時の仕様書を見ると、このF-86Dには物品番号「6990-NL-8105-20-004(F-86D)」が割り当てられているようだ。
・参考:全国各地にあるF-86Dの展示機一覧はこちら;

写真3 F-86D。(2018年2月18日撮影)
4. F-86F-30 (52-7406)
1955年12月20日付で米軍から航空自衛隊に移管/領収され、1959年8月26日付で用廃となった。本機は1967年11月19日に開催された芦屋基地航空祭の時に、すでに展示機となっていた写真が残されている。本機は主翼に境界層板のついた旧タイプの機体だ。このタイプの機体は国内には本機を含めて5機しか残されていない。
・参考:全国各地にあるF-86Fの展示機一覧はこちら;


写真4-1, 4-2 主翼に境界層板が付いているF-86F-30。(4-1: 2010年11月28日、4-2: 2018年2月18日撮影)
5. H-19C (91-4707)
1959年3月31日付で領収され、1973年1月11日付で用廃となった。2020年度における物品番号は「6990-NL-8105-20-008(H-19)」。2021年1~3月頃に再塗装された。本当は707号機だが、20年以上前から機体番号を”91-4777”と記載している。2020年末の再塗装に関する仕様書にて”91-4777”とする旨が明確に記載されていた。H-19Cは1971年に引退しているので展示されてから50年が経過したことになる。もし次回、再塗装することがあるならば・・・、事前に書体(数字の太さや色、0の書き方)などを「仕様書別紙」として使えるレベルで作成して担当部署に送付しておけば元のシリアルナンバーである「91-4707」とする案が採用してもらえるかもしれない。公告が出てからでは遅いので、ヤル気がある方は事前に何度も担当部署と交渉するなど、地道な努力を続けてみよう。
・参考:全国各地にある航空自衛隊の回転翼機の展示機一覧はこちら;


写真5-1, 5-2 ”91-4777”と描かれているが本当のS/Nは"91-4707"だ。(上:2018年2月18日撮影、下:2022年9月4日撮影)
6. F-1 (80-8219)
1978年10月31日付で領収され、1998年11月20日付で用廃となった機体で、その生涯をずっと第6飛行隊で過ごしていた。機体価格は2,128,866千円であったという。2021年1~3月頃に再塗装された。2020年末頃に公表された再塗装に関する公告の仕様書(仕様書番号2-芦基LPS-B69064)に記された物品番号は「6998-F1-80-8129」。F-1のシリアル番号をそのまま転用したものと思われるが、本来「80-8219」であるところが「80-8129」と「1」と「2」の数字の順番が違っている。仕様書の誤記なのか、登録時の入力間違いで物品番号としては正しいものなのかは外部の者としては確認のしようがないが、何らかの情報公開請求をする際に物品番号を参照することがあるならば、気を付けておこう。消火訓練に使われている機体だが、比較的きれいに保たれている。
・参考:全国各地にあるF-1の展示機一覧はこちら;


写真6-1,6-2 このF-1は広報用展示機ではなく消火訓練用の機体だ。再塗装時の仕様書を見ると登録上の区分は「展示用航空機」ではなく「転用実機教材航空機(F-1)」となっている。(上:2018年2月18日撮影、下:2022年9月4日撮影)
7. 地対空ミサイル ナイキJ
訓練弾を展示したもので、物品番号「6990-NL-8105-40-006(ナイキJ)」。2021年1~3月頃に再塗装された。
・参考:全国各地にあるナイキミサイルの展示物一覧はこちら;
航空自衛隊 ナイキJ 地対空ミサイルの展示場所 - 用廃機ハンターが行く!

写真7 弾頭部側面に「航空自衛隊」と記載されていないと何か物足りない気持ちになるが、再塗装時の仕様書を見ると「航空自衛隊」と書くことは定められていない。(2018年2月18日撮影)
【航空参考館の展示物】
(1) T-1A(25-5845)の垂直尾翼
1962年7月31日付で領収され、2000年8月2日付で用廃となった機体。写真では見にくいが、オレンジ色に塗られたラダーの下部付近に”45-4350”と記されたテープが貼られている。しかし、このS/Nに該当する機体は存在しない。

写真7 T-1Aの垂直尾翼とJ3エンジンのカットモデル。(2022年9月4日撮影)
(2) 一式戦闘機「隼II型乙」の8/10スケール模型
もとは知覧特攻平和会館に展示されていた縮小模型で2006年10月ごろには知覧にあったが2009年9月27日の芦屋基地祭では航空参考館の中に展示されていた。知覧特攻平和会館が映画で使用した2機の隼を展示した際(2007年)に、事前に当基地での展示打診があり、これを受け入れたという。このため移設は2007年度中のことであったものと思われる。なお知覧に展示されていた当時は撮影禁止となっていたハズで(それゆえ私も写真を撮っていない)、ネット上には許可を得て撮影した画像と、文脈から判断して撮影禁止を無視して撮影した画像が存在しているが、いずれにせよ数は多くない。

写真8 一式戦闘機「隼II型乙」の8/10スケール模型。(2022年9月4日撮影)
(3) F-4EJの計器数点
アナログ表示機が数点あるが、写真を撮るほどではないと思い、撮影はしていない。
(4) J3エンジンカットモデル。
(5) 大戦時の資料
当時のパイロットの写真(遺影)、家族にあてた手紙、その他。時間の都合で詳しくは確認してこなかった。
(6) 現行機の模型やブルーインパルス関連の展示
ブルーインパルスは東日本大震災の際に芦屋基地に展開しており、津波被害を免れている。その後の約2年ほどは芦屋基地を拠点として築城基地上空などで訓練を行っていたが、この時の様子などが展示されている。
【展示後に移転・廃棄された機体】
1. T-1A (82-5801)
1958年3月25日付で領収されたT-1Aの初号機は1961年に用廃となってからは永らく芦屋基地に展示されていたが、2001年4月に岐阜かかみがはら航空宇宙博物館に移設した。この機体は現在も再組立されることなく保管されている。移転時の顛末については「航空機を後世に遺す 歴史に刻まれた国産機を展示する博物館づくり」(p.76-77, 207-214、横山晋太郎著、グランプリ出版2018年)に詳しく記載されている。
2. F-104J (56-8663)
1965年1月29日付で領収され、1985年5月29日付で用廃となった機体。1964年末までに納入する予定が遅れて1995年に納入されたため、領収年を示すSNの頭の数字が「"4"6-8663」から「"5"6-8663」に変更された経緯がある。
2010年以前から全体をライトブルーに塗られていた。2021年7月2日にT-33Aと同時の解体公告があり、2021年8月23日に解体撤去。落札金額は2機分で1,067,000円だった。
・参考:全国各地にあるF-104J/DJの展示機一覧はこちら;
航空自衛隊 F-104Jの自衛隊基地内展示機 - 用廃機ハンターが行く!
航空自衛隊 F-104J/DJ 公園や民間施設の展示機 - 用廃機ハンターが行く!

写真9 2021年夏に解体撤去されたF-104J。(2018年2月18日撮影)
3. T-33A (51-5610, ex.53-5373)
1955年4月6日付で米空軍から移管/領収され、1965年10月11日付で用廃となった機体であるため、米空軍SNを持つ機体だ。2年後の1967年11月19日に開催された航空祭時には既に展示機となっていた。2021年7月2日にF-104Jと同時の解体公告があり、2021年8月23日に解体撤去。落札金額は2機分で1,067,000円だった。コクピット部分を残すような形での解体仕様であったが、読者からのコメントからでは(コクピット部分も)ボコボコであり、結局は何も残さずに撤去されたようだ。2022年9月4日の航空祭時に航空参考館を見学したが、やはりコクピットや計器盤の展示は無く、全て廃棄処分されてしまったものと思われる。
・参考:全国各地にあるT-33Aの展示機一覧はこちら;

写真10 2021年夏に解体撤去されたT-33A。(2018年2月18日撮影)
4. T-33A (51-5462)
1967年11月19日開催の航空祭時には展示機となっていたという機体。撤去時期不明。T-33AおよびT-34AにこのSNは存在しない。またT-34Aが芦屋基地で広報用展示機となっていたという記録は見つけていない。元ネタとなったネット投稿情報が間違いである可能性が高い。「こんな話もあった」という意味で記載しておく。
5. H-21B (02-4753, ex.51-15879)
1960年7月13日付で領収され、1967年7月7日付けで用廃となった。その年(1967年)の11月19日開催の航空祭時にはすでに展示機となっていた。撤去時期不明。
<オマケ:1967年11月19日開催の航空祭時にスクラップ置場で確認>
1. F-86F (92-7878)の前部胴体部分、 1967年4月5日事故機!機首部がガンパネルあたりまで、大きく潰れていた。
2. T-1A (25-5859)の垂直尾翼部分、1966年8月18日事故機!
以上