用廃機ハンターが行く!

アジア各地に転がる用廃機を見に行くためのガイド(?)

【奈良県】空自 奈良基地

<場所 Place> 〒630-8522奈良県奈良市法華寺町1578

奈良基地|防衛省 [JASDF] 航空自衛隊

<座標 Location>  34.6987N, 135.8067E 

<訪問日Visit> 未訪問

<行き方 Access> 

(1) 近鉄奈良線新大宮駅から約1.9km、徒歩約24分。

(2) 近鉄大和西大寺駅1番から奈良交通バス「JR奈良駅」行に乗車、「航空自衛隊」で下車してすぐ。

(3) JR奈良駅西口15番または近鉄奈良駅13番から奈良交通バス「大和西大寺」行に乗車、「航空自衛隊」で下車してすぐ。

<解説General>

(1) 関西エリアにある唯一の航空自衛隊の施設。古墳群に囲まれた幹部候補生学校のみが存在しており、滑走路はない。6機の機体とナイキミサイルが展示されている。例年5月末から6月ごろに開催される基地祭と8月の盆踊り大会が展示機撮影のチャンスだ。(2020年度はコロナのため中止、2021年度は未定)

【展示機 Dislayed aircrafts】※未訪問のため写真はありません。

1. F-86D (04-8196) 機番を”84-8100”という実機には存在しない番号を記載して展示されている。”04-8196”号機は1968年9月13日に第102飛行隊で用途廃止とヒコーキ雲さんに記されているが、”1962年4月”および”1962年10月”にすでに”84-8100”と記載した展示機の写真が掲載されている。本機は1962年2月20日に04-8193と空中衝突して生還した機体(193号機は墜落、操縦者脱出生還)とのこと。この事故のあとで飛行不能と判断して奈良基地に運ばれ展示機となった可能性ということも考えられる。操縦者が二人とも生還しているので事故調査は素早く完結したと思うが、2月20日小牧基地で事故を起こして4月には奈良基地で展示機になっていたというのは素早すぎるように思う。細かい調査・検証は不可能だが、上記の日程もしくは空中衝突して生還した機体番号のいずれかに誤りを含んでいる可能性がある。

 

2. F-86F (62-7527) ヒコーキ雲さんには1961年8月2日に用廃となったと記されているが、「航空情報別冊 JASDFセイバースペシャル」(酣燈社1983)p.177のリストでは1959年1月1空団で小破、62年に1術校、67年奈良基地展示、68年3月用廃との内容が記載されている。展示時期が用廃時期より先になっているのは運搬は1967年度中に行われ、用廃の書類手続きが1967年度末(1968年3月)に行われたからだろう。ヒコーキ雲さん記載の「1961年8月2日に用廃」とは1空団から1術校に引き渡された時のことかもしれない。

 

3. F-104J (56-8653) 1981年4月30日に那覇基地第207飛行隊で用廃となったとヒコーキ雲さんに記されているが、用廃に際して岐阜の第二補給処に飛来しなかったのかとか、沖縄から用廃後の機体を運んだのかなど、突っ込みどころがある。2001年8月25日の公開時の写真がヒコーキ雲さんに投稿されている。

f:id:Unikun:20210509160747j:plain

写真1 戦競風グレーに塗られていたこともあるF-104J。(大路 聡 氏 撮影、1993年)

 

4. F-1 (70-8276) 本機のみは他の機体群とは異なり、正門近くの34.6977N, 135.8066Eに機首を北に向けて展示されている。2008年5月24日の公開時の写真がヒコーキ雲さんに投稿されている。

f:id:Unikun:20210509161013j:plain

写真2 F-1のみは敷地外から見ることができる。この程度だけど。(大路 聡 氏 撮影)

 

5. T-33A (81-5348) 1995年6月30日に用廃となったとヒコーキ雲さんに記されており、2003年8月23日公開時の写真が同じくヒコーキ雲さんに投稿されている。二代目のT-33A展示機だ

 

6. T-34A (51-0331) 1973年12月10日に第11飛行教育隊で用廃となったとヒコーキ雲さんに記されており、1975年5月25日公開時の写真が同じくヒコーキ雲さんに投稿されている。2004年5月の公開時に機体の塗装はT-34Aのオレンジ塗装ではなくT-3同様の赤色塗装となっていた。

 

【展示後撤去された機体】

1. T-33A (51-5601) 米軍から航空自衛隊に供与された1号機。1964年10月12日に用廃となり(ヒコーキ雲さんの記述による)、その後は奈良基地に展示されていたが、いつの間にか無くなり81-5348号機に代わっていた。1993年5月5日の岩国基地祭では601号機の前部胴体が目撃されているが、本当に本機であったのかどうか、またどうして601号機が岩国にあったのかなど不明な事項が多い。本機に関して、何らかの情報ご存じでしたらどうかお教えください(歴史の空白を埋めませんか?)。

【指名手配】岩国基地に転がる謎のT-33A - 用廃機ハンターが行く!

 

2. T-6G (52-0075) 1959年に用廃となった後に奈良基地に展示されたが、2011年9月12~15日にかけて小牧基地への移送作業が行われた。(広報ならやま2011年9月号記事より)

 

【余談】

1. 資料館内にはT-4の操縦席を模したトレーナーが存在する。教育体系からすれば次は静浜基地防府北基地でT-7に進むハズ。かつてはT-4に進む前にもう一度奈良基地で座学を行う流れになっていたが、それが変わって不要となったのだろうか(それならT-4の教育装置が奈良基地にあることが理解できるのだけれど)。

f:id:Unikun:20210509161337j:plain

写真3 T-4のコクピットトレーナー。(大路 聡 氏 撮影)

 

2. この基地も本Blog「用廃機ハンターが行く!」を立ち上げてから訪問しようと考えていたものの、コロナの影響で行けなくなってしまった場所の一つ。これまでに訪問したことは一度もなく、ネット上の情報以外は私自身も全く知らない場所だ。

 

以上

編集履歴

05May.2021 公開

09May.2021 見直し更新(第1回目、読者提供写真追加)