<編集履歴> 24May.2020「航空自衛隊 連絡機、救難機、その他の展示機」として公開、28Dec.2024「航空自衛隊 MU-2のお話し」に分離独立
航空自衛隊では三菱重工業(株)製のビジネス機MU-2を捜索救難機として29機を導入したほか、4機を飛行点検機として導入した。
【MU-2S】
29機を運用した捜索救難機。現存するのは2機のみだ。218号機以降の形式はエンジン出力を向上させ、翼端タンクを増量しており、「MU-2A」と呼ばれていた。MU-2の型式名称については混乱が生じているので、詳細を別記事に記す。”MU-2A”と呼ばれるエンジン出力向上・翼端タンク容量増加型
【航空自衛隊】航空救難団のMU-2は何型? - 用廃機ハンターが行く!
【機体】
(1) 73-3201 初号機は用廃/解体後に機首部分のみが個人コレクターの手に渡り、静岡県浜松市にあった「喫茶飛行場」(現在は閉店)に展示されていたが、2021年4月28日に九州の新たな所有者の元へと搬出された。個人蔵のため、公開情報が得られるまでは本Blogのカウント対象外としておく。

写真1 浜松の喫茶飛行場に展示されていたころのMU-2Sの初号機前部胴体。新たな所有者の元へと運ばれ、現地には存在しない。(2016年3月12日撮影)
(2) 13-3209 浜松広報館

写真2 リニューアル前の浜松広報館では13-3209号機の機体上面が良く観察できた。(2018年8月13日撮影)
(3) 63-3228 新田原基地に展示されている。”MU-2A”と呼ばれるエンジン出力向上・翼端タンク容量増加型で、国内に残るのは本機のみ。浜松広報館にある機体と翼端タンクの形状を比べてみよう。容量が増えているので、タンクが細長くなったような印象をうける。


写真3-1, 3-2 浜松広報館にある機体と比べると翼端の燃料タンク形状が「細長くなった」ように見えるMU-2捜索救難機の能力向上型。国内には本機しか残っていない貴重な機体だ。(2022年12月4日撮影)
【MU-2J】
入間基地の飛行点検隊にて1975年から1994-95年ごろまで4機を運用し、全機が損耗することなく退役した。引退後は全機が廃棄されてしまい、現存する機体はない。
<参考:機体番号等>
(1) 53-3271 (cn. 654/951)
(2) 73-3272 (cn. 715/952)
(3) 83-3273 (cn. 716/953)
(4) 93-3274 (cn. 717/954) ネット上のコメントより、1994年3月22日にラストフライトを行ったとのこと。これをもって全MU-2Jが退役したそうな。なお別な個人のサイトには1995年退役という説もある。

写真4 入間基地にアプローチする73-3272号機。(1983年5月26日撮影)
以上