用廃機ハンターが行く!

アジア各地に転がる用廃機を見に行くためのガイド(?)

【宮崎県】空自 新田原基地の展示機

<編龍履歴> 30Apr.2021公開、06Dec.2022見直し更新(第2回目、現地再訪、写真追加)

 

<場所 Place> 〒889-1492 宮崎県児湯郡新富町新田1958

JASDF 航空自衛隊 新田原基地

<座標 Location>  32.0879N, 131.4591E 

<訪問日Visit>  04Dec.2011, 01Dec.2013, 07Dec.2014, 06Dec.2015, 06Dec,2022ほか 

<行き方 Access> 

(1) JR日豊本線本線 日向新富駅から正門まで約4.7km、徒歩約1時間15分。駅前でタクシーを呼ぶとよい。なお駅から基地南東端の展望公園までは約3.8㎞、徒歩約1時間。駅から基地まではほぼ全行程上り坂となる。宮崎駅からは朝夕30分~1時間に1本程度、日中は2時間に1本程度の頻度で普通列車がある。

(2) JR日豊本線本線 高鍋駅から正門まで約10km、タクシーを利用する。上記(1)の普通列車のほか、1.5時間に1本程度の頻度の頻度で特急列車が利用できる。

(3) 航空祭当日は宮崎市内発着あるいは高鍋駅発着のシャトルバスが利用できる。

<解説General>

(1) 第5航空団の基地。現在はF-15の基地だがF-35B配備が検討されている。例年12月初旬に航空祭が開催されており、この時が7機の展示機を撮影するチャンスとなる。展示機は正門周辺に設置されている。 

【展示機 Displayed Aircrafts】

1. F-104J (46-8656) 機体には"36-8535"と記入しているが本当のS/Nは46-8656号機だ。本物の”36-8535”号機は松島基地で展示されているので国内には”36-8535”が2機存在していることになる。”36-8535”号機は1963年(昭和38年)11月14日に千歳基地から新田原基地に初飛来したF-104Jの1号機とのことだ。解説板の記述だけでは今一つよく分からないが、基地HPの歴史を見ると「初飛来」というよりも「(第202飛行隊発足に向けた機体の)初受領のための飛来」であることが分かる。本機は垂直尾翼の右側に第202飛行隊マーク、左側には第204飛行隊のマークを描いている。

写真1-1, 1-2 左右でマークが異なるF-104J。機体右側(第202飛行隊マーク側)は晴れていれば終日逆光となる。(2022年12月4日撮影) 

 

2. F-4EJ改 (57-8360) 2008年10月30日ごろに展示された。当時の第301飛行隊マークを垂直尾翼に描いている。

f:id:Unikun:20210430093033j:plain

写真2-1, 2-2, 2-3 航空祭開催時に撮影したF-4EJ改。(2-1: 2014年12月7日撮影、2-2, 2-3: 2022年12月4日撮影)

 

3. T-2 (89-5196) 築城基地の第6飛行隊で2006年5月11日に用廃となった(ヒコーキ雲さんの記述による)T-2最終号機にかつて新田原基地の飛行教導隊に所属していた”69-5127”の機体番号を記し、当時の迷彩塗装を施して展示されている。

f:id:Unikun:20210430093631j:plain

写真3-1, 3-2, 3-3 3-1は再塗装後の航空祭で実機同様にエプロンで展示された時のショット。現在はゲート脇の広報展示機展示場に置かれている。機体右側は晴れていれば終日逆光だ。(3-1: 2011年12月4日撮影、3-2, 3-2: 2022年12月4日撮影)

 

4. T-6G (72-0169) 先代のT-6G展示機”72-0178”号機が2000年前後に解体された後に展示された二代目のT-6Gだ。

写真4-1, 4-2 全景を撮るには植樹が少々ジャマとなる。(2022年12月4日撮影)

 

5. T-33A (91-5410) 垂直尾翼右側には2000年10月3日に閉隊した第202飛行隊(F-15時代)のハニワのマーキングを描く。なお2022年12月6日にwikipediaを見たところ、10月3日閉隊と10月6日廃止の記述が併記されている。私自身はどちらが正しい日付なのかを検証していないので、どちらが正しいか・間違っているのか、もしくは閉隊後に廃止されたのか、その辺りの事情は分からない。

写真5-1, 5-2 (2022年12月4日撮影)

 

6. MU-2 (63-3228) ”MU-2A”と呼ばれるエンジン出力向上・翼端タンク容量増加型(218号機以降の形式)で国内に残るのは本機のみ。浜松広報館にある機体と翼端タンクの形状を比べてみよう。容量が増えているので”細長くなったような印象をうける。航空自衛隊で使用したMU-2の形式名称は何か?という話は別記事を参照ください。

【航空自衛隊】航空救難団のMU-2は何型? - 用廃機ハンターが行く!

写真6-1, 6-2 浜松広報館にある機体と比べると翼端の燃料タンク形状が「細長くなった」ように見えるMU-2捜索救難機の能力向上型。国内には本機しか残っていない貴重な機体だ。(2022年12月4日撮影)

 

7. V-107A (04-4852) 2013年11月28日には展示されていた。2022年12月4日の航空祭時にジックリと観察したつもりだが、銘板は確認できなかったが、"Model KV107II"と書かれたプレートを確認している(KVと107の間にハイフンなし)。自衛隊のバートルはKV-107IIと表記される例が多いが、本BlogではV-107Aと記載する。その理由は別記事を参照していただきたい。

自衛隊バートルの型式名称は? - 用廃機ハンターが行く!

写真7-1, 7-2 (2022年12月4日撮影)

 

【F-4の垂直尾翼モニュメント】

 用廃となったF-4EJ改27-8305号機の垂直尾翼を利用したモニュメントが基地内に残されている。2022年12月4日の航空祭の際に”以前あった場所”(32.0875N, 131.4560E)付近に行ってみたが、影も形もない。もしかして周辺の工事中の場所だったかな?と自宅に帰ってから再度調べたところ、どこかに移設されていたことが判明した。9月30日発信の新田原基地公式Twitterでは”移設することとなり”という表現で、どこに”移設された”という完了報告はまだ無いようだ。2022年12月時点では基地内のいたるところで工事が行われており、これらが落ち着いてから設置されるのかもしれない。後報に期待しよう。

 

【展示後撤去された機体】

(1) T-6G (72-0178) 2000年頃まで展示されていたが解体・撤去され、現在の72-0169号機に置き換えられた。

(2) F-86D (04-8187) GE-Pro画像を見ると2020年1月21日取得画像では展示場に機影が存在するが2020年11月9日取得画像では展示場から撤去され、旧アラートハンガー前に移動されていた。2020年7月10日に開設された新田原基地公式Twitterでは7月27日から10月12日までの間に常設展示機紹介を行っていたが、この紹介シリーズの中でF-86F/Dは取り上げられていなかったことから7月末頃には展示場から撤去されていたものと考えられる。本Blogでは新たな情報が得られるまでは本機を撤去・解体・廃棄されたものとして扱う。

(3) F-86F (92-7916) GE-Pro画像を見ると2020年1月21日取得画像では展示場に機影が存在するが2020年11月9日取得画像では展示場から撤去され、旧アラートハンガー前に移動されていた。Flyteamさんへの投稿写真(2020年8月3日撮影)を見ると旧アラートハンガー前にF-86Dと並べて置かれていた本機のキャノピーは破れており、さらにGE-Proの2020年12月16日取得画像では機影が消えていた。2020年7月10日に開設された新田原基地公式Twitterでは7月27日から10月12日までの間に常設展示機紹介を行っていたが、この紹介シリーズの中でF-86F/Dは取り上げられていなかったことから7月末頃には展示場から撤去されていたものと考えられる。本Blogでは新たな情報が得られるまでは本機を撤去・解体・廃棄されたものとして扱う。

(4) F-104J (36-8538) 機首部分が参考館内に展示されていたが、2015~2020年ごろに延岡市の生産用機械器具製造業ミツワハガネ(株)さんの工場内に移転された。ミツワハガネ(株)さんのHPにその写真が掲載されている。参考館展示中は外されていたレドームが取り付けられたようだ(複製かもしれない)。

工場見学について – ミツワハガネ株式会社

(5) T-33A (91-5406) 垂直尾翼が参考館内に展示されていたが、上記(4)と同じミツワハガネ(株)に移転された。おそらく2015~2020年ごろに参考館をリニューアルしたのだろう。2020年2月には垂直尾翼の写真が掲載されたHPが存在したが、現在ではリニューアルされたためか見られなくなっている。

 

【余談】

 第301飛行隊のファントムが居た頃は何度か基地祭に通った。通ったと言ってもだいたいが基地南側から飛行展示を撮影していたので用廃展示機はおろか地上展示機すらマトモに撮っていなかったのだな。用廃機に関するBlogを始めたことだし、たまには会場から眺めてみようかと2019年秋の航空祭に行くべく準備をしていたのだが、直前になって年老いた父親が転倒して大腿骨骨折するという家庭内事故が発生してしまいお流れとなった(現在は完治)。翌2020年夏にはF-86D/Fが撤去されたことを知り、ガッカリ。こんなこともあるのですね。やはり行けるうちに無理してでも行っておかないとアカンのですねぇ・・・。その後、基地祭を訪問したのは2022年12月4日のことだった。天気は朝から小雨で、飛行プログラムの多くが縮小もしくは中止となった。悪天候のおかげで広報展示機は左右両側ともそこそこに撮ることができたが、(たとえ逆光となっても)やはり晴れた日の航空祭の方がいいなぁ!

以上