用廃機ハンターが行く!

アジア各地に転がる用廃機を見に行くためのガイド(?)

【静岡県】空自 浜松基地浜松広報館

<編集履歴> 26Mar.2021公開、01Nov.2021見直し更新(第6回目、写真追加)

 

<場所 Place>    〒432-8551 静岡県浜松市西区西山町無番地
航空自衛隊浜松基地 浜松広報館(エアーパーク)

エアーパーク // 航空自衛隊浜松広報館

<座標 Location>  34.7475N, 37.7117E

<訪問日Visit>  24Mar.2021, 21Dec.2021ほか

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写真1 展示格納庫内の様子。(2021年3月24日撮影)

 

<行き方 Access> JR浜松駅バスターミナル14番よりNo.51せいれい高丘浜松・泉高丘行バスに乗車(所要約18分、330円)、泉四丁目で下車し、基地外周に沿って約800m歩く。 

<解説General>

 名称や目的はどうあれ、世界的な視点で見れば一国を代表する”空軍博物館”だ。開館は0900-1600、入場無料。休館日は毎週月曜日、毎月最終火曜日、3月第二週の火~木曜日、年末年始。休館日には駐車場にも入れないが、F-86Fブルーインパルス機(以後、B.I.機と略す)のみは標準ズームレンズで外周からなんとか撮影できる。

【屋外展示機 Outdoor display a/cs.】

(1) C-46D (91-1137) 保存指定機(推定)、飛行点検隊塗装

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写真2 C-46D。(2021年3月24日撮影)

 

(2) F-86F (02-7966) B.I.機、本機は保存指定機ではないと推定。

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写真3 F-86F、B.I.機。休日でも中望遠レンズがあれば外周から撮影できる。(2021年3月24日撮影)

 

(3) F-104J (76-8698) 本機は用廃機を広報館展示用にUF-104J仕様に改装したものであり、無人機(UF-104J)として飛行したことはない。コクピット後方上部とコクピット下部付近に設けられたアンテナに注目しよう。ちなみに本当のUF-104Jはシリアルナンバーの戦闘機を示す頭から3桁目の"8"を"3”に変更して運用していた(例:76-8694→76-3694など)。用廃機は物品扱いになるため、元の機体のシリアルナンバーを記す必要はない。展示用として実機同様に無線操縦用のアンテナを取り付け、塗装もUF-104J仕様にしたのなら、いっそナンバーの”8”の部分も”3”に書き換えたら良いのにと思うのは私だけだろうか・・・。なお本機は保存指定機ではないと推定する。

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写真4 用廃となったF-104Jを無人標的機UHであるUH-104J仕様に改装して展示している。コクピット後方背部と機首下部に設けられたアンテナに注目する。(2020年8月27日撮影)

 

(4) H-21B (02-4756) 国内に2機残されている貴重な機体。航空自衛自衛隊の保存指定機で部隊マークは描かれていない。残る1機は岐阜基地内に保管されており、一般公開はされていない。

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写真 その形状から米軍では"フライングバナナ"と称されていたH-21B。(2021年3月24日撮影)

 

他にナイキJ地対空ミサイル、捕捉レーダー、ミサイル追随レーダーなどがある。これらも「保存指定」されている可能性が高い。

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写真 捕捉レーダー(左)とナイキJ地対空ミサイル(右)。(2021年3月23日撮影)

 

【屋内展示機 Indoor display a/cs.】

(1) F-1 (90-8225) 展示館にて一部パネルを外して展示、保存指定機ではないと思われる。第6飛行隊マーク

(2) F-1 (90-8227) 保存指定機(推定)、展示格納庫展示機、第6飛行隊マーク

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写真  三菱F-1と吊下展示されたT-3およびアンサルドS.V.A.9。(2021年3月24日撮影)

 

(3) F-2(FSM、S/N:なし) 元々は開発時に製造された合板製のFSM(Full Scale Mock up)。広報館開館に際して試作1号機(ロールアウト当時は001号機)の塗装したもの。2021年3月のリニューアル時に現行機迷彩色へと塗り直された。

 

(4) F-4EJ改 (17-8440) 2020年12月1日に百里基地からフェリーされた後に用廃となった。2021年3月9日に館内に搬入され、3月13日から一般公開された。航空自衛隊最終納入機であるとともに世界で最後に製造されたファントムIIでもあるため、保存指定機になっているものと思われる。301飛行隊マークを付けている。機体各所に安全ピンが差し込まれたままになっている。また左翼下の増槽タンクには展示作業に携わったスタッフの名前が記されているので確認しておこう。

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写真5  世界で一番最後に製造されたファントムII。F-4EJ改17-8440号機。左翼タンクの上面に展示に携わったスタッフの名前が記されている。2021年9月29日の公式TwitterにてAIM-9Lダミー弾が搭載されたことが発信された。(2021年3月24日撮影)

 

(5) F-86F (02-7960) 保存指定機、B.I.機

(6) F-86D (84-8104) 保存指定機(推定)、マーク無し

(7) F-104J (76-8693) 保存指定機、第204飛行隊マーク

(8) MU-2S (13-3209) 保存指定機(推定)、浜松救難隊

(9) T-2 (59-5111) 保存指定機、B.I.機、FCSを持たない前期型 

(10) T-2 (59-5114) コクピット部分をフライトシミュレーターとして利用、本機は保存指定機ではないと推定。

(11) T-3 (91-5517) 保存指定機、第11飛行教育団マーク

(12) T-4 (66-5745) B.I.機。松島基地で2020年3月20日に行われたオリンピック聖火到着式典でのフライトが最後の任務となった。2020年3月24日に浜松基地にフェリーされて用廃となり、展示用の整備を行ったあと、2021年3月9日に浜松広報館に搬入された。一般公開は同年3月13日から。展示当初はラジオコントロールパネルが付いておらず、写真が張り付けてあったが、2021年12月21日に訪問した際には実物が取り付けてあった。保存指定機かどうかは確認していない。

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写真 T-4のラジオコントロールパネル。展示された当初は写真が張り付けてあった。(2021年12月21日撮影)

 

(13) T-34A (51-0382) 保存指定機、マーク無し

(14) KV-107IIA-5 (24-4832) 保存指定機(推定)、浜松救難隊

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写真 KV-107IIA-5。(2021年3月24日撮影)

 

(15) ゼロ戦52型甲 三菱製4685号機、尾翼記載番号は43-188。2021年度中に展示館2階に移設する予定。

(16) アンサルドS.V.A.9 1970年の大阪万博の際にイタリア館にてローマ~東京の飛行50周年記念として展示されたレプリカ機で万博終了後に日本に寄贈されたもの。その後は浜松南基地(現在の南地区)格納庫内で保管されており、基地祭で南基地を公開した時には見ることができた。広報館開館当初より吊り下げられて展示されていたが2020年度に分解修理を実施(組上は2020年11月26日)。修理後は2021年1月末までは地上展示を行い、その後は従前通り吊下展示となった。2021年度中に展示館2階に移設する予定。

なおSVA-9の実機は1920年に寄贈され、靖国神社遊就館に展示されていたが戦争で焼失したとされる(実機展示や焼失の事実については私自身は未確認。これは公式Twitter発信内容の転載です)。

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写真 床上に降ろして補修中のアンサルドS.V.A.9.(2020年8月27日撮影)

 

【保管機 Stored a/cs.】

2021年3月8~12日のリニューアル工事に際して次の8機は展示格納庫から搬出され、旧ハーモエリアの空き地に数日間置かれたのちに基地内格納庫に保管された。なお搬出・移動作業は3月9日にバンパイアとS-62が移動され、残る機体は3月10日に移動されたとのこと。ハーモエリアに置かれたのは同時期に基地内で行われた部隊葬の場所を確保するためではないかと考えている。

(1) B-65 (03-3094) 旧海上自衛隊6727、南西航空混成団支援飛行班マーク、保存指定機かどうかは確認していない。

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写真 リニューアル前に展示されていたB-65。(2018年8月13日撮影)

 

(2) T-1A (15-5825) 保存指定機(推定)、第13飛行教育団マーク

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写真 かつて展示されていたT-1A。(2018年8月13日撮影)

 

(3) T-6F (52-0010) 保存指定機、マーク無し

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写真 かつて展示されていたT-6F。(2020年8月27日撮影)

 

(4) T-33A (71-5239) 保存指定機、第33飛行隊マーク

(5) T-28B (63-0581) 保存指定機(推定)、1963年7月3日事故にて脚部破損、用廃となる。マーク無し

(6) バンパイア T.55 (63-5571) 保存指定機(推定)、マーク無し

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写真 リニューアル前の展示格納庫の様子。写真に写る8機(ただしH-19Cはほとんど見えないが)は2021年3月に展示場から撤去されてしまった。(2020年8月27日撮影)

 

(7) H-19C (91-4709) 保存指定機(推定)、マーク無し

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写真 かつて展示されていたH-19C。(2018年8月13日撮影)

 

(8) S-62J (53-4774) 保存指定機(推定)、マーク無し

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写真 かつて展示されていたS-62J。(2018年8月13日撮影)

 

【2021年3月のリニューアル】

 浜松広報館では2021年3月8~12日にかけて展示機の入替えとリニューアル工事を行った(一部展示物の工事は年度末まで継続実施)。これにより新規にF-4EJ改とT-4BI機を展示(搬入は3月9日)し、8機を保管機として展示場から撤去した(3月9~10日)。また展示内容は次のように変更された。

1.歴代のブルーインパルス使用機(F-86F、T-2、T-4)を並べ、ブルーインパルス解説コーナーを設けた。

2.歴代の戦闘機(F-86D、F-104J、F-1、F-4EJ改)を並べて展示し、防衛の最前線を見せるようにした。試験機塗装であったF-2FSM(Full scall mock up:機体開発時に大きさや作業性などを体感として確認するために制作した実物大模型)を標準塗装に変更したのは、この目的のためだろうと思っている。

3.先代の救難機(MU-2およびKV-107)を展示し、航空救難(および災害派遣)について見せるようにした。

4.バンパイア、T-28B、T-1Aを撤去することにより戦後の国産航空機開発に関する事項の展示をとりやめた。

5.T-6、T-1A、T-33Aを撤去することにより、パイロット養成の歴史に関する展示を縮小させた。なお展示機T-34A、T-3、T-4、T-2が残るため教育体系の説明は可能だが、T-2およびT-4はブルーインパルス塗装機であり、「説明できる」とは苦しい表現だと思う。

6. H-19CおよびS-62Jヘリコプターを撤去することにより空自における(救難)ヘリコプターの変遷(歴史)に関する展示を取りやめた。 

※私個人としてはこのリニューアルによって、航空機開発やパイロット養成の歴史など過去の実や記録に関する展示が失われて「極めて表面的な・・・、上っ面だけのショールーム」になったような気がしている。

 

【格納された機体の今後】

 2021年3月末時点の浜松広報館HPのTopには「展示格納庫から搬出をした8機の航空機につきましては、再展示の準備が整うまでの間、基地内の格納庫内にて大切に保管します。」との一文が添えられています。「再展示の準備が整う」のはいつになるかは全く判りませんが、野ざらし・ブルーシート梱包→そのうち廃棄という流れは当面避けられたようです。この言葉を信じ(注、後述する「広報の失態」参照)、「再展示の準備が整う」日を待ちたいと思います。

 さて浜松広報館の拡張(仮称”第二展示格納庫の建設”)については「検討はしている」様子ですが、どの程度の「検討」を行っているかは外部の者にとっては全く判りません。2021年8月末ごろの2022年度予算概算要求に盛り込めるのでしょうか?仮に2022年度予算で認められたとしても整地・建設を経て、格納された機体が再び展示されるのは”早くても”建設着手から2年後、すなわち最速で2024年度になるものと私は予想しています(まぁ2026年度までにできれば良い方だろうなぁ、というのが本音ベースですが)。もちろん「検討の結果、増設はしない」ということもあり得る話です。関係者のご尽力に期待しております。なお2026年ごろというと川崎C-1中型輸送機の全機退役を控えた時期となるワケですが、一機丸々と展示されますでしょうかね・・・?

(注:2022年度概算要求書に関係する予算は読み取ることができなかった。)

 

【広報の失態】

 移動された機体の扱いについては前述のとおり浜松基地公式ページにて「移動した航空機は格納して大切に保存します」と発信していたが、遅くとも3月28日までは(どこにあったのかチップタンクの無いT-33Aと一緒に)屋外の旧ハーモエリアに置かれていた。これは広報としては一番やってはいけないことをやってしまった!恐らくは当時基地内で行われたアメリカで発生した練習生墜死事案の部隊葬を行うための場所を確保するためだろうと思うし、その状況は理解できる。しかし広報の「業務」としては「大切に保存します」といったそばから機体を屋外に放置したことは許されることではない。堂々と「嘘」を発信したのだ。ここでは「ただし基地内の都合により、準備が整うまでは屋外に置きます」という旨の一文を発するべきであった。当時は公式Twitterもあったので、やりようはいくらでもあったろうが、それらは行われていない(少なくとも私自身は目にしていない)。

 航空自衛隊の広報館という広報の最前線となる部署でさえ、現実とは異なることを発信し続けていたという事実はマニアの間で広報に対する不信感を一気に高める結果を生んでしまった。基地祭で「本日はもう帰投する機体はありません」とアナウンスしながら脇でエンジンをかける機体があるのと同じで、もう誰も言うコトは聞こうとしなくなる。

 広報業務に携わる方は広報とは関係ない部署から異動してきて3年ほどすれば次の職場へと転出するため、細かいことは引継ぎが行われずに忘れ去られてしまうことが多いので一言書いて残しておきたい。「広報は嘘を発信してはいけない。できないことは発信せずに黙っていなさい。結果として嘘となった場合には直ちに経緯もしくは修正報告を発表しなさい。」と。

 一度失った信用を取り戻すのは大変ですよ。狼が来た!と言い続けた少年は最後にどうなったか。キチンと正しい情報を発信しているな、と認められるまでは真剣に取り組んでいただきたいと思います。

 さて屋外に置かれていた機体は2021年4月5日には全機が格納庫内に入れられたようです(ただし、どこから持ってきたのか判らない、一緒に置いてあったチップタンクの無いT-33Aを除く)。

以上