用廃機ハンターが行く!

アジア各地に転がる用廃機を見に行くためのガイド(?)

航空自衛隊 YS-11の展示機

 航空自衛隊では戦後初めて国内開発した旅客機YS-11を1965年から13機を導入し、輸送、航法訓練、飛行点検、電子戦訓練および電波情報収集機として運用してきた。2021年4月1日の時点ではダートエンジンを搭載したオリジナルの機体は国内の民間エアライン、海上保安庁航空自衛隊および海上自衛隊からは全て引退しているが、エンジンをP-2Jのものに換装した電子戦訓練機2機と電波情報収集機4機の合計6機が航空自衛隊で現役だ。これらの機体はRC-2の調達やスタンドオフ電子戦機の開発が終わる2027年ごろまでは使われることだろう。

 

【展示機】

用廃となった2機が展示機として残されている。

1. YS-11P 52-1152 愛知県 あいち航空ミュージアム、無償貸付機*1

 2017年5月28日(日)の美保基地航空祭が一般大衆への最後のお披露目の機会となり、翌29日(月)に美保基地から小牧空港へフェリーフライトをもって用廃となった。

*1 Jウイング誌2021年8月号付録より

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写真1 あいち航空ミュージアムのYS-11P。(2018年08月18日撮影)

 

 2. YS-11P 02-1158 美保基地

 貨物輸送型のYS-11Cとして製造されたが、後年人員輸送型のYS-11Pに改造された機体。このため胴体左側後部には大型の貨物ドアの名残が確認できる。本Blog掲載の小さな写真でもあいち航空ミュージアム展示機とは日の丸前方の窓の数が異なることも判るだろう。2018年5月末ごろから基地南東部の道路沿いにC-1と並んで展示されている。投光器を一時的に設置してライトアップが行われたこともある。2021年3月31日および4月1日に現地を訪問しているがやや退色が進み、胴体右後半には剥離などいく分の劣化が見られた。

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写真2 美保基地のYS-11P。日の丸より前方に貨物ドアの名残が見える。(2021年4月1日撮影)

 

【余談】

 2021年3月17日に退役したYS-11FC(52-1151)のその後の扱いについてはいくつかのウワサ話が飛び交っていた。一つは浜松広報館に展示するというものであったが、浜松へのフェリーフライトは行われなかったため、浜松広報館での展示はあり得ない。もう一つのウワサは入間基地内に展示するというもの。これには二つの説があって、一つは一機丸ごとC-46やF-86Fなどのある南側のスペースに展示させるというものであり、もう一つは機首部分だけを基地内(恐らくは修武台記念館内か)に展示させるというもの。

 これらはいずれも発言者の期待・希望がウワサとして広まったものと考えられ、決定かつ公表された事項は一つもない。2021年4月時点では機体はまだ存在するので解体公告が出るまでは「一縷の望み」がある。もっともF-4EJ初号機ですら引取り手が無い現状で、さらに維持管理費のかかる中型旅客機を展示保管できるのだろうか、という疑問はあるのだが・・・。今後の動きに注目していたい。

 なお電子戦訓練機と電波情報収集機に改造された機体(YS-11EA/EB)が用廃時に展示される可能性は絶望的に存在しない。

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写真3 入間基地南端を離陸に向けてタキシングするYS-11FC(52-1151)。今後、解体公告が出されるか、部分展示だけでも行われるか注目していよう。(2021年2月3日撮影)

 

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写真4 "怪しい飛行機"ことYS-11EA/EBが展示機となる可能性は限りなくゼロに近い。2027年ごろまでは飛び続けるものと予想するので、せめて映像記録として遺しておこう。(2020年11月16日撮影)

  

以上

編集履歴

27Aug.2018 Mixiにて公開、2019年初め頃にBlog公開

16Oct.2021 見直し更新(第9回目、あいちの機体は無償貸付機であることを追記)