用廃機ハンターが行く!

アジア各地に転がる用廃機を見に行くためのガイド(?)

航空自衛隊 川崎C-1の用廃機

<編集履歴> 27Aug.2018MixiにてC-46,YS-11,C-1をまとめた記事として公開

21Feb.2019はてなブログに公開、15Feb.2024見直し更新(第50回目、見直し実施)

 

1. 総製造機数

 川崎重工(株)製C-1輸送機は1972年から1981年にかけて合計31機が納入された。なおSTOL実験機「飛鳥」(現在は岐阜かがみがはら航空宇宙博物館に収蔵・展示中)は通産省(当時)の別予算で作られた新造機であり、「32機目のC-1」との表現は当てはまらないと私は考えている。ただし「飛鳥」は予算上の都合から完全に新規開発したものではなく、C-1の構造(設計図)を母体にしていることは間違いない。

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写真1 入間航空祭での6機デルタ隊形飛行は2017年11月3日が最後となった。この時には空にやや雲がかかっていたため、その前年(2016年)の快晴時の様子を掲載する。2022年11月3日の入間航空祭で飛行したのは2機のみで、このうちの1機(029)は着陸後に用廃となった。2023年は航空観閲式実施のため、2024年1月20日航空祭を予定しており、EC-1のフライト(オープニングフライバイ)や1機のC-1とC-2、U-4との編隊飛行が予定されていたが、1月1日に生じた令和六年能登半島地震への対応のため、航空祭は中止された。(2016年11月3日、入間航空祭にて撮影)

 

2. 機体運用状況等の概要

(1) C-1初号機(001号機)は各種の装備等を搭載して評価する飛行試験機(フライングテストベッド、FTB)に改修され、岐阜基地の飛行開発実験団で運用されている。021号機は電子戦訓練機EC-1に改造されて入間基地の電子作戦群で運用されている。残る29機は輸送業務用に使われていたが、退役が進み、現在では全機が入間基地第2輸送航空隊第402飛行隊にて運用されている。C-2やKC-46A配備の兼ね合いがあるが、おそらくは2025年度末ごろまでは見られることだろう。

(2) 2023年12月11日時点では製造・納入された31機中26機が事故抹消および用途廃止となっており、残るのはC-1FTBが1機、EC-1が1機、および輸送型(通常型)が3機の合計5機のみとなっている。なお防衛白書の資料編にて記載されるC-1の機数はEC-1(021号機)を除いた数(すなわちC-1FTBと輸送型C-1の合計数)だ。 

・現役  5機(001(FTB)、002、021(EC-1)、030、031号機)

・用廃 22機(美保基地展示機1機、解体済19機、入間基地にて解体待ち2機)

・墜落/事故抹消 4機(009、010、015、027号機)

・合計 31機

(3) 私自身は輸送型は2025年度末には用廃となるものと予想している(追記:EC-1は2024年度末までに引退する旨が地元に説明されている)。

用廃予想(私の個人予想)を別稿に紹介する。(今のところ、予想を全て外しているのだが・・・)

C-1の用廃機発生の予想 - 用廃機ハンターが行く!

(4) 2012年(平成24年)4月4日に初のC-1退役機(005号機)が生じた。

(5) 2018年5月末ごろから美保基地に38-1003号機が展示された。本機は2023年4月の時点で国内唯一のC-1用廃展示機だ。

(6) 美保基地内には2022年8月時点で垂直尾翼を外した用廃C-1(機番不明)が一機残されていたが2022年秋に解体された(10月27日入札、11月4日履行期限)。

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写真2 美保基地東南部の道路わきに展示されているC-1。(2021年3月31日撮影) 

 

3. 用廃機発生状況の詳細(2024年2月15日時点)

 C-1は31機しか存在しないので全機の機体番号と現状を以下に列挙する。用廃日を明確に記したものは主として基地内新聞の記事や広報用写真の説明書きによるもの。「以後」としたものは主にFlyTeamさんもしくはTwitterへの投稿写真の最終撮影日に基づく私個人の判断結果を示している。

(1) 28-1001 現役だ。1970年8月24日ロールアウト、9月7日報道公開。11月12日午前10時1分より10時28分まで初飛行し、以後は各種の試験を行った。運用初期には輸送業務も行っていたが、量産機が増えてきたころからはフライングテストベッド(FTB)に改修され、岐阜基地にて各種機材の搭載試験に使われていた。2019年末の時点では特に試験に使用される予定はなく、テストパイロットコース(TPC)における評価用機材として用いられている。部隊では”銀ちゃん”と呼ばれているそうだ(JW誌2019年9月より)。なお初飛行当時のS/Nは”18-1001"であった。永らく機首に標準ピトー管を装着していたが、2021年1月度にIRANを終えて試験飛行を行った時からはこれを外している。2023年12月にIRAN明けのテストフライトを行っている。通常のIRAN間隔よりも早い時期にIRANを行っていることが気にかかる。川崎重工もIRAN用のラインを2024年度中にクローズさせて、人員や資材の整理を進めたいのではないかと邪推している。恐らくはIRAN後2年ほど、すなわち2025年度末頃まではフライトをするものと予想する。そして、飛行時間よりも交換部品の枯渇により、用廃となるのではないかと考えている。

(2) 28-1002 現役 1971年1月16日に”18-1002"として初飛行したが、後に”28-1002”と改番された。永らく岐阜基地に配属されており、飛行時間が残っていたのだろう、2012年度始めごろからは第402飛行隊に転属して輸送業務に従事していた。2023年2月27日IRANを終えて入間に戻る。通常の運用であればIRAN後に3年間は飛行するので2025年度末までは運用するものと思われる。

(3) 38-1003 2016年03月16日用廃。美保基地に展示

(4) 48-1004 2016年03月30日以後に岐阜基地にて用廃

(5) 48-1005 2012年04月04日用廃、用廃初号機。先駆管理機(LTF / Lead The Forced program)として量産機の中でも、より多くの飛行を行っていた機体。先駆管理機は他機に比べてより多く飛行させることにより、この機体に生ずる事象はのちに他の機体でも起こりうるという観点でのデータ取得用の機体であった。

(6) 58-1006 2016年09月22日以後に用廃

(7) 58-1007 2016年09月以後に用廃

(8) 58-1008 2017年04月25日以後に用廃 迷彩塗装とされた初号機

(9) 58-1009 1983年04月19日、三重県菅島に墜落抹消

(10) 58-1010 1986年02月18日、入間基地で離陸失敗し、胴体離断中破。抹消。

(11) 58-1011 2018年02月09日以後に403sqnにて用廃(飛行時間17,880時間 )

(12) 58-1012 2018年4月2日以後に用廃(Flyteamさんには”2020/6/20撮影”の画像があるが背景には雪に覆われた富士山が写っており、撮影日は明らかに間違い。フィルムをスキャンした日だと思われる)

(13) 58-1013 2018年2月21日以後に用廃、2020年10月末頃に014号機と共に解体

(14) 68-1014 2019年5月7日最終フライト(Twitter情報より)、2020年10月末頃に013号機と共に解体

(15) 68-1015 1983年04月19日、三重県菅島に墜落抹消

(16) 68-1016 2014年05月28日用廃

(17) 68-1017 2015年01月27日用廃

(18) 68-1018 2019年7月10日以後に用廃、2020年11月12日に基地北東部に移動され2021年2月4日解体

(19) 68-1019 2023年9月27日以後に用廃と推定。

2020年10月14日にIRAN後の綺麗な姿で試験飛行を行う姿が目撃され、その後一時的にADTW所属となっていたが、2021年1月28日にはC-1 001のIRAN終了に伴い、第402飛行隊に配置替えとなり入間基地に戻ってきた。019号機は1986年頃から1992年頃までの間F-2用のレーダーJ/APG-1開発のためのテストベッドとなっており、機首を円錐形のコーンにして試験飛行を繰り返していた。機体改修を含めた約6年間の飛行時間が他の輸送型C-1と比べて極めて短かったため、029号機までが引退した2022年年度末時点でもまだ飛行時間を残しており、現役で残っていたのであろう。2023年9月27日には飛行していたというが、12月10日ごろにエプロン前に引き出された機体にはエンジンカバーが付いておらず、この時点ではすでに用廃となっていたものと思われる。

(20) 68-1020 2020年7月30日以後に用廃、2021年8月30日ごろ基地北東部に移動され、9月6日ごろ解体。

(21) 78-1021 電子戦訓練機EC-1に改造された現役機。改造後の初飛行は1984年12月3日で、大型のレドームを備えた独特な外形からマニアの間では”カモノハシ”と呼ばれている。2008年頃に”中身”を更新したが外形に目立った変化は無い。電子関連機器の技術向上により搭載機器更新後には、現行のような大きなレドームは不要であるが、更新すると空力関連の試験を行わう必要が出てくるので、レドーム(および外形)は更新しない、という内容のウワサ話がある(もちろん真偽は不明)。C-2を母体にした新たなスタンド・オフ電子戦機の開発が2020年度から始まっているので、この開発が終了する2027年頃までは使い続けるものと思われたが、2023年には2024年度末までに退役する予定であることが地元説明資料の中に明記されてしまった。2023年秋の演習時には浜松基地に展開していたが、その後、飛行する姿がパッタリと見えなくなった。定期整備か、もしくは「何かあった」のではないかと考えていたが、2024年1月中旬ごろから飛行を再開し、2月中旬にかけては連日のようにフライト行っている。

(22) 78-1022 2015年05月11日に402sqn.にて用廃(総飛行時間17,780時間)

(23) 78-1023 2016年2月10日以後に用廃

(24) 78-1024 用廃 2020年9月15日以後にADTW所属のままで用廃と思われたが、1年4か月後の2022年2月7日にきれいにリペイントされ、IRAN後の試験飛行を行った。3月11日には入間にフェリーされて輸送業務に就いていた。通常の運用であればIRAN後に3年間は飛行するので2025年度末までは運用するだろうと考えていたのだが、2023年10月初旬ごろに引退した模様との投稿があった。2024年2月14日にはエンジン・垂直尾翼を外されてエプロンに置かれている姿が確認されている。

(25) 78-1025 2020年11月4日がラストフライト”らしい”とのTwitter(現X)情報あり、2021年9月9日ごろに解体された。

(26) 78-1026 2021年4月3日以降に用廃。基地外周マニアのウワサ話によると、飛行時間を残していたが定期便運用時に”床が抜けた”ことが用廃抹消の理由だという。実際に生じた事象に尾ヒレ胸ビレがついて大きくなっていくのはマニア話の常であることは承知の上で、「そんな話があった」と記録に残しておこう。もちろん真実は不明だが、何らかの不具合が生じ、その修理費用と残りの飛行時間とのコストメリットを検討した結果、用廃とされたのだろう。2022年8月16日解体。なお、本機は2018年度に”歌舞伎”塗装となった機体だ。塗装を落とされたあとも”歌舞伎”塗装を施されたエンジンインテークカバーは残されており、本機が引退したあとも024号や30号機のインテークカバーとして使われ続けている。

(27) 88-1027 2000年06月28日試験飛行中に隠岐島付近で墜落抹消

(28) 88-1028 2021年11月2日午後にラストフライト実施。2022年10月18日(火)に解体され、同日搬出された。

(29) 98-1029 2022年11月3日に開催された入間航空祭でのデモフライト(午前中)が最終飛行となった。ランプイン時には多くの観客とウォーターサリュートに迎えられ引退した。その後は「総飛行時間17,880時間」との看板を機体の前に掲げて航空祭の地上展示機となっていた。

(30) 08-1030 現役 2021年10月5日にIRAN明けのフライトが目撃され、10月26日にはADTWのマークを入れて飛行していた。しばらくはADTW所属かと思いきや11月11日には入間にノーマークでフェリーされてきた。わずか2週間、ADTWのマークを入れてから2~3回程度の飛行で所属替えとなるのも例が無いことだろう。通常の運用であればIRAN後に3年間は飛行するので2024年度末までは運用すると予想している。

(31) 18-1031 現役 2022年8月1日午後にIRAN明けの試験飛行をする姿が確認されている。8月29日に入間に戻ってきたが、その後も尾翼にマークを入れずに約4か月間運用していた。この間、マニアからは「マークの在庫切れ/もうじき引退だから新規にマークの製作はしないのではないか」と囁かれていたが、基地格納庫内での整備を終えた12月14日にはマークが入れられていた。通常の運用であればIRAN後に3年間は飛行するので2025年度末までは運用するものと予想している。

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写真3 用廃となり解体を待つC-1(58-1017)(2017年5月28日、美保基地にて撮影)

 

4. 解体に関する情報

(1) 用廃となったC-1は使える部品等を外したのちに、入間基地の北東端の解体場所に移動される。こうなったら入間基地HPの調達情報に注目してみよう。機体の移動と相前後して「航空機の解体と売り払い」に関する公告があるはずなので、その「仕様書」の部分に目を通しておこう。なお表題はいくらか変更されることもあるので、似たような用語で探すこと。「入札実施」後、「履行期限」までには「所定の解体場所」にて、大きなハサミで機体がジョキジョキと切り刻まれる光景が見られることだろう。解体に際して機体は主翼前、主翼後の胴体部分を切断し、さらに主翼は根元とパイロンの外側あたりで切断することが「仕様書」にて求められている。また部品が欲しくとも「材料として売却する目的以外での転用および転売することを禁ずる」の一文がある。こんな内容が「仕様書」に記載されているので、用廃機の最後について興味がある方は一度はHPに掲載されている原本に目を通しておくことをお薦めする。一度読んでおけば、どこの基地で発生する用廃機の処分についても大体は同じ内容なので、理解しやすくなることだろう。

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5. その他

(1) 強度試験用に作られた01号機の胴体部が陸上自衛隊習志野駐屯地(37.7083N, 140.0543E)にあり、搭乗・降下の訓練に用いられている。なおC-1からの空挺降下訓練がほぼなくなった2022年以降はこれを用いて訓練する意味はなくなっている。ただし、整列・搭乗・落下傘のコードをワイヤーにかける動作・ドアからの飛び降りはC-130もC-2もあんまり変わらない(違うと言えば違うが・・・)ので、初期訓練用の機材として今後も使い続ける可能性も捨てきれない。

写真4 陸上自衛隊習志野駐屯地にあるC-1の強度試験機(01号機)。C-1から降下をすることはなくなったが、本機の扱いはどうするのだろうか?(2023年8月5日撮影)

 

(2) 松戸駐屯地(35.7833N, 139.9763E)には全機疲労試験に用いられた02号機があった。松戸駐屯地には関東補給処松戸支所落下傘部があるので、落下傘の状態確認などに使われていたのだろうか。残念なことに2021年3月29日に解体されてしまった。

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写真5 松戸駐屯地の02号機は2021年3月29日に解体されてしまった。左隅のUH-1Hは2023年4月時点でも存在する。(2020年5月30日撮影)

 

(3) 強度試験用に作られた2機は文献によっては「01/02号機」と表記するものと「0-1/0-2号機」と表記するものがある。日本航空宇宙学会誌第20巻第224号(1972年9月)では「01/02号機」、航空ジャーナル誌1979年3月号「AIRCRAFT DIRECTORY No.55 川崎C-1」では「0-1/0-2号機」の表記を用いている。どちらが正しいのか、私自身は分からないが、本Blogでは先に発行された日本航空宇宙学会誌の表記である「01/02号機」を採用する。

参考:C-1開発に関する論文

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjsass1969/20/224/20_224_476/_pdf

 

(4) 月島冬二氏のコミック「US-2 救難飛行艇開発物語」(小学館)の第2巻p.125にはC-1輸送機の全機疲労強度試験時に生じた胴体の破壊の様子が描かれている。これの元ネタ写真は以下にリンクを貼り付けた日本航空宇宙学会誌の「<解説>中型輸送機(C-1)疲労試験の概要と考察」に掲載された第19図だろう。破壊でめくれた構造材や構図がそっくりだ。もちろん取材の過程で月島氏自身が破壊の様子を撮影したオリジナル写真や原図を見たのかもしれないが。

参考:疲労試験の結果に関する論文 

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjsass1969/24/267/24_267_153/_pdf

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写真6 C-1の派手なターンは、あと何回見られることか。(2019年11月2日、入間基地にて撮影)

以上